美しい流線型の"ラウンドドア"ロールス・ロイス|巨大ボディに塗り重ねてきた驚きの過去とは

Photography: Scott Williamson

丸いドアが特徴のヨンケーレ製ボディを載せたロールス・ロイス。その奇抜なデザインは、1930年代の映画に登場した未来の車からインスピレーションを得たらしい。その実、オーナーも一風変わった人物ばかりだった

事実は小説よりも…
デトロイトでその年最大の話題となった結婚の話から始めよう。ホレース・ダッジの未亡人で、世界一裕福な女性と言われていた「自動車大富豪」アナ・ダッジが、フロリダの不動産仲介業者ヒュー・ディルマンと再婚したのである。アナの自宅ローズ・テラスは、セントクレア湖に面した高級住宅街グロスポイントにあり、結婚式はその隣、息子のために買ったチューダー様式の屋敷で1926年5月8日に挙げられた。その後、幸せなカップルはヨーロッパでハネムーンを楽しむため、豪華客船ベレンガリア号で英国へと旅立った。

過熱気味の当時の新聞記事は、アナとディルマンがベネチアで出会ったと次のように伝えている。「その夜、カナル・グランデの水面を泳ぐ月の魅惑的な輝きで、世界は恋の舞台と化していた……ダッジ夫人とメイドの乗ったゴンドラが、別のゴンドラとぶつかった。2艘はそのま
ま分かれるかと思われたが、ゴンドラ乗りはけんかを始める。男性の連れがいてくれたらと夫人が思っていたとき、別のゴンドラが近づいてきた。乗っていたのはただ1人、肩幅の広い男性で、筋肉質の体によく合った服を完璧に着こなしていた。それこそが、ヒュー・ディルマン。絶妙のタイミングでヒロインの救出に現れたヒーローだったのである。ディルマンは、小競り合いをしていたゴンドラ乗りに向かってイタリア語で一言二言、強い口調で話すと、その場をあっという間に収めてしまった……」

もちろん、すべて作り話である。ディルマンは元俳優で舞台や映画に出演し、黒人ゴスペルグループの巡業を取り仕切っていたこともあった。どうやら実際に出会ったのは、フロリダ州パームビーチにある大邸宅「プラヤ・リエンテ」を冬の別荘としてアナが購入したときだったようだ。その売買を仲介したのがディルマンで、アナから100万ドルもの手数料を受け取ったのである。ヒュー・ディルマン・マクガヒーは「魅力的で活動的」(そして実はバイセクシャル)で、オハイオ生まれの40代。対してアナは49歳と称していたが、実際は55歳とかなり年上だった。2人のハネムーンはフランスとイタリアを自動車で巡ることになっていた。そのため、ベレンガリア号がサウサンプトンに入港した5月18日の数日後に、まずロンドンでルーツのショールームに立ち寄り、宣伝用モデルのロールス・ロイス・ニューファントム・フーパーのカブリオレを購入したのである。このシャシーナンバー94MCは、前年の1925年10月に届いたもので、ヨーロッパ巡りにちょうど良いはずだった。しかし、アナはこの車が気に入らず、6月5日にルーツに返品して別のファントム・フーパー・カブリオレ、シャシーナンバー59SCと交換した。ヨーロッパ旅行を終えると、夫妻は8月に行われるニューヨーク・ヨットクラブ・レースに間に合うよう帰国し、ロールスも持ち帰った。

だがハネムーンは突然終わりを迎えた。夫妻が200万ドルする258フィートの蒸気帆船デルフィーヌ号でパームビーチに帰る途中のことだ。60人の船員を擁し、宮殿のような客室に6万ドルのパイプオルガンを備えた部屋まである豪華な船だったが、ニューヨークのハーバーで9月22日に火事を起こしたのである。デルフィーヌ号は火事のあと80万ドルかけて修理されたが、動かすのにもコストがかさむため、1935年から1940年までセントクレア湖のドックで眠っていた。

1942年にアメリカ海軍に徴用され、USSドーントレスと改名されると、合衆国艦隊司令官アーネスト・J・キング元帥の旗艦となった。ドーントレスはチェサピーク湾に係留され、太平洋戦争の多くの海戦について、そこで作戦会議が行われた。

夫婦関係のほうも、そう長続きしなかった。ヒュー・ディルマンは年10万ドルの小遣いを受け取り、600万ドルの資金運用を任されていたが、数年間別居したのち、1947年に離婚した。夫婦の溝が深まったきっかけは、ディルマンがデルフィーヌ号の船員とベッドを共にしているのをアナが目撃してしまったことだった。

ショールームに返品されたファントム94MCに話を戻そう。こちらは、ディルマン夫妻がアメリカへ帰国した数週間後に新しいオーナーを得た。インドのウッタル・プラデーシュ州ナンパラの豪族モハメド・シディック・カーンが1926年9月25日に購入したのである。先祖はパサン族の冒険家ラスル・カーンで、1632年に皇帝シャー・ジャハーン(タージ・マハルを建築した皇帝)から領地を与えられ、ナンパラの豪族となった。カーンは、300以上の村々と広大な森林を治める人物で、既にシルバーゴーストも所有していた。購入したファントムは英国滞在中に使い、ナンパラには持ち帰らなかったようだ。シャシーカードの次の記載を見ると、ロンドンのユーストン・ロードにあったジョージ・ニューマン社が1933年9月17日に入手したとある。


1940年の写真。前に立つセガール夫人から車の巨大さがよく分かる

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編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation: Shiro HORIE 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITAWords: David Burgess-Wise

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