理想を求めた究極のレストア|シンガー・ヴィークル・デザイン

Singer Vehicle Design

MODERN RESTORATION_01
新世代のビルダーが作るレストレーションの新しい形

クラシックカーと呼ばれる年式の車両に最新の、もしくはチューンドされたエンジンをセットし、それに合わせた足回りとブレーキを取り付け、時にはサーキット走行も楽しめるように仕立てる。エアコンディションをより快適にすることもそのひとつだろう。そんなモディファイは、古くからある楽しみのひとつだ。ところがそれらの多くは、ノンオリジナルであることから一般的なレストレーションとは分別され、カスタムというジャンルに置かれてきたように見える。どうやらそこに新しい流れが加わろうとしている。

レストモッド。多くの場合、レストレーション&モディファイドの略として解釈されているこの一大ムーヴメントをひもといてみよう。第1回は、その先駆者ともいえるシンガー・ヴィークル・デザインから。


あらためてレストモッドが話題になり始めた時期に遡ると、それはおよそ「シンガー」が世界で注目を集め始めた時期に重なる。

「シンガー・ヴィークル・デザイン(Singer Vehicle Design)」。創始者はロブ・ディキンソン、現在55歳。イギリスでデザインを学び、ロータスでデザイナーとしてカーメイキングに携わったものの、その後バンドのリードボーカルとしてツアーとアルバム制作に帆走する10年間を過ごした。音楽のキャリアを経てアメリカに渡ると、さらに人生を一転させて自動車業界に戻り、趣味で69年式のポルシェ911Eをレストア、毎日のようにカリフォルニアのハリウッドヒルズをそのカフェレーサーで走りまわったという。超高級車が当たり前に往来するアメリカ屈指の富裕層エリアで、そのコンパクトで美しく仕上げられた911Eが噂になることにそれほどの時間は費やさなかった。その車こそが「シンガー」の起源だ。こうして2009年に、自身の人生の一部だった「シンガー」を冠したブランドが誕生する。



本特集を作るにあたって、シンガーに諸々のリクエストを送ったところ、はっきりと断られたことがある。それは「我々がしているのはレストモッドじゃない。レストアなんだ」と。それでも、シンガー誕生の以前と以後では何かが大きく変わっているのは確かだ。

シンガーはその設立当初から、グッドウッドやクエール・モータースポーツ・ギャザリングなどビッグイベントの華となった現在に至るまで、一貫して空冷エンジン時代のポルシェ911シリーズにこだわりを見せる。ロブ・ディキンソン自身の言葉を借りれば、シンガーとは「世界でもっともアイコニックなスポーツカーへの情熱とオマージュ」であり、「"ディテールこそすべて"の精神に則って、細部まで徹底的に仕上げられたレストレーション」であり、「現代の技術と素材で再現された美しいインテリアと輝くディテール」であり、「カリフォルニアとその風土が育んだ強い結びつき」だという。

エンジンは完全に分解された後、設計図を作成、バランスを取り直し、新品または最先端の部品を使用してハンドビルドされる。用意されるのはオリジナルの排ガス基準に準拠した300bhp 3.8リッターと、コスワースと共同開発しエド・ピンク・レーシング・エンジンズ社組み立ての350bhp 3.8リッター、390bhp 4.0リッター。ちなみに4.0リッターモデルのレッドゾーンは7200rpmまで引き上げられている。

標準のステアリングホイールは、アイコニックな350mm MOMO Prototipo。また、メーターは1970年代初期に見られた黒地にオフホワイトのクラシックなマーキングが施されている。スピードメーターは時速180マイル表示に変更され、再調整される。

リアスポイラーは時速60マイルで上昇する、スピード感応式のアクティブ式。60年代にインスパイアされた繊細なメッキグリルを採用し、その下にはティンテッドアクリルスクリーンを設置してエンジンの様子を見ることができる。

創設者のロブ・ディキンソン。シンガーというブランド名は自身の人生キャリアの重要な一部分から引用したことはあまりにも有名。ちなみにバンド名は「キャサリン・ホイール」。現在も音楽配信アプリなどで視聴することができる。

さらにロブの言葉を続ける。

「過去10年間で多くのモデルを作ってきました。最初にレストアした2台はGシリーズの911でした。以降はもっぱら964のレストア。エンジンに関しては当初はコスワースの3.8リッターを搭載、その後エドピンク・レーシング製の4.0リッターエンジンが追加されています。4WDやタルガのリクエストが入るようになると、これらのレストアにも対応できるように体制を整えました。レストアには1台につき4000時間以上が費やされ、1年で約75台の車両をレストアします」。ちなみに75台というのは現在のキャパシティで、これより以前はより少数の生産が精一杯だった。

「どの車両も究極の空冷911を求めるオーナーと我々シンガーとのコラボレーションであり、すべてはメイド・バイ・オーダーです。ただ、一般的に考えてカーボンのボディと軽量化への取り組みは、パワーアップされたエンジンと相まってレストアされた車両がそれまでのものとは一線を画す存在になることを意味します。空力の研究、サスペンションとダンピングの設計、ギアボックスの開発、冷却能力の強化、タイヤとブレーキ(カーボンセラミック含む)の開発、チタンを使った排気システム、ワイヤーハーネスの改良など、あらゆる作業が費やされ、高度に進化したダイナミックなパフォーマンスを得るようになります」



インテリアは1960~70年代をイメージし、パーソナライズされる。スタンダードツーリングシートは、1960~70 年代のローバックのレカロシートを彷彿とさせるもの。4ウェイの電動高さ調節、手動リクライニング/ チルト機能、調節可能なヘッドレストを装備している。
リアシートもフロントシートと同様にシート表皮を張り、折りたたんでラゲッジスペースを確保できるデュアルバックレストを採用。





つまり、彼らがおこなっているのはあくまで最新の技術とマテリアルを使用したレストアであり、最適化であるということ。モディファイすることが目的ではなく、空冷エンジンの可能性、ポルシェ911の可能性を最大まで拡張し、その発表当時では実現不可能だったことを、現在の技術で実現させようという取り組みこそがシンガーの真意ということだ。彼らが自身をしてレストアラーだと定義するのはそのためだ。だとすれば、(シンガーは否定するが)レストモッドとは、レストレーション&モディファイではなく、モダン・レストレーションと解釈した方がいいかもしれない。

「2018年にはウィリアムアドバンス・エンジニアリングやボッシュ、ミシュラン、ブレンボなどのテクニカルパートナーとともに、空冷911の究極性能の可能性を探るテストもおこないました。最適化されたエアロダイナミクスやサーマルダイナミクスのためのCADモデリング、カーボンやマグネシウムなど最先端素材による軽量化、独自の4バルブ化を施した、ラムエアインテーク付きのエンジンの投入、特注の軽量サスペンションの装着など、あらゆるモディファイが含まれました」

こうした活動からもレストアの先にある、911というモデルへの探究心が感じられると同時に、空冷の水平対向6気筒エンジンと、それを搭載したポルシェ911への敬意に溢れている。

「911はあまりにもアイコニックな車であり、我々はその肩に乗せてもらっているようなもの。そして我々は、もてるすべての技術で空冷エンジンの911を次のステージへ解き放つ役割を担っているのです」。全世界同時に迫りくるEV社会という巨大な波についてどう思うかとの質問に対するロブ・ディキンソンの返信が興味深い。

「電気自動車は自動車設計のパラダイムシフトの一部であり、新しいレベルの動的性能を確立する機会になるでしょう。今までフォーカスされてきたパワーやタイムといった数値はその意味を失うかもしれませんね」その上で、こう付け加える。

「我々の存在価値は常に、車を愛する人々を魅了するXファクターを備えたマシンの追求です」シンガー登場の以前と以後で何が変わったか。それはレストレーションに対する価値基準そのものだ。シンガーの高い技術力と探究心とセンスでリビルド(シンガーはREBORNと呼んでいる)された1台の911が放つ"Xファクター"に、目の肥えた世界のカー・ラヴァーが魅了されたという事実だ。


オクタン日本版編集部

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