ヒロ・ヤマガタが手掛けたゴージャスでサイケなM・ベンツ220A｜もはや車ではなくアート！

いよいよ、アメリカ・カリフォルニア州モントレーで今週末に開催される「モントレー・カー・ウィーク」。そんな車の一大イベント（お祭り）と併催されるのが、高級車オークションの数々である。octane.jpでもこれまでに“注目すべき”車両をご紹介してきているが、今回取り上げる1952年式M・ベンツ220Aカブリオレは文字通り「目立つ」ものだ。



いわゆる“アートカー”で車両をキャンバスとしたものでアメリカ在住日本人アーティスト、ヒロ・ヤマガタが手掛けた作品がサザビーズにて出品されている。ロサンゼルスの風景を独特なタッチでシルクスクリーンに捉え、世界を魅了した先駆的日本人アーティスト、ヒロ・ヤマガタ。1978年にロサンゼルスに移住し、マーティン・ローレンス・ギャラリーで最初に人気を博し、1980年代半ばには数百万ドル規模のビジネスの礎となった。

その10年後、この気まぐれなアーティストは、平面から立体に焦点を移し、長年のギャラリーオーナーであり、現在もヒロ・ヤマガタの代理人を務めるフレッド・ホフマンとコンビを組むようになった。グッゲンハイム・ビルバオなどの美術館に設置された大規模なレーザー・インスタレーションから、比較的小さなブロンズ彫刻まで、ヒロ・ヤマガタらしいカラフルな作風が多くのファンを捉えてやまない。

そんなヒロ・ヤマガタの絵画作品のなかで、最も規模が大きなものが「アースリー・パラダイス（Earthly Paradise：地上の楽園）」シリーズで、M・ベンツ220Aカブリオレにペイントを施したもの。当初、24台が製作されるはずだったが、22台で終了した、と言われている。1278台しか生産されていない220Aカブリオレゆえに、調達にはさぞ苦労したことだろう。



220 Aカブリオレは戦後初めて生産されたM・ベンツ車で、6気筒エンジンが再び採用された。ヘッドライトをフロントフェンダーに一体化させるなど、戦前の保守的なスタイルから一歩踏み出した220 Aは、170の各モデルとは一線を画していた。“逆ヒンジ”ドアやキャンバストップを支える「キャリッジバー」と呼ばれるクロームパーツなど、高級車らしさが随所に垣間見られる。



アースリー・パラダイスは全車、一度フルレストアされている。ボディはもちろん、内装のウッドパネルやラジオの金具に至るまで、職人の手によって丁寧にレストアされた。そして、完成した車両は乗られることもなく、コンクールに出品されることもなく、ヒロ・ヤマガタのキャンバスとなった。製作の過程はこちらで見ることができる。

美術評論家のサム・ハンターは、「工業用自動機械として象徴である車に自然との調和をもたらした」と述べている。22台、それぞれにテーマが設けられ、今回出品されているものは“蝶と薔薇”と名付けられた。鮮やかで美しい鳥や花などの自然の風景がデザインされ、ジャングルや熱帯夜を思わせるエキゾチックな作品はフィジーで撮影された写真をもとに描かれたという。



「私が描く風景は、ドリーミーだとかサイケデリックだとか言われることがあります」とヒロ・ヤマガタ。「陸や海の動植物をよく見れば、自然界にはサイケデリックな色や生き物に溢れています。そして、私は自然界から絵を描いているだけなんです」とコメントしている。

アースリー・パラダイスは1994年秋、ロサンゼルス市立美術館で展示された後、ヨーロッパへ海外遠征を行った。1995年の「第46回ヴェネチア・ビエンナーレ」をはじめ、ヨーロッパの著名な美術館で展示された。展示会の多くは、有名なビート詩人アレン・ギンズバーグとの共同開催であり、ギンズバーグはアースリー・パラダイスを補完する本をヒロ・ヤマガタと共に執筆している。なお、今回出品されている“蝶と薔薇”は完成後、オーストリア応用美術館（MAK）に展示されたほか、1996年のハリウッド・オスカーズにも登場したヒストリーを持つ。

アースリー・パラダイスは発表当時、賛否両論あったのは事実だ。しかし30年近く経った今、美術評論家や自動車史家は、個性的であると同時に遊び心があり、その出来栄えが楽しい、と口をそろえている。当該車両、2016年に現オーナーが車としてではなく、アート作品として入手。もっとも最近、走行できるようにメンテナンスが施された履歴もある。



22台製作されたアースリー・パラダイスのうち11台は日本に存在する、と言われている。今年はじめ、日本ではWAKUI MUSEUMにて2000万円、というプライスタグで販売されている個体を見かけたことがある。そして、サザビーズが今回のオークションで提示している予想落札価格は22万～35万ドルである。

今回のオークション結果、日本におけるアースリー・パラダイスの相場を大きく左右しそうだ。


文：古賀貴司（自動車王国）　Words: Takashi KOGA (carkingdom)