ガレージにしまい込まれた、蜘蛛の巣だらけのファセル・ヴェガ

H&H Classics

ファセルは、“ウール・エ・ロアール金属加工所”を意味する「Forges et Ateliers de Construction d'Eure-et-Loir」の頭文字を取ったもので、 フランスのブロンザヴィア・インダストリー(現存する)の子会社として1939年に誕生した。親会社であるブロンザヴィア・インダストリーは今も昔も航空機関連部品を製造しており、ファセルは鉄や合金加工した航空機部品製作を受託していた。戦後も航空機部品製作は受託していたものの、発注量が減ったことへの対応策として、新規ビジネスとして自動車のボディ製作を行うことになった。

シムカ、フォード、ルノーなどのボディの大量生産から、超少量生産のベントレー・クレスタ(IIも)、スクーターのヴェスパ、ピアッジョなどのボディ生産も行っていた。やがてモノコックボディが当たり前になり、だんだんと自動車メーカーからの発注が減り、ファセルは自ら自動車メーカーになる決断を下した。1952年から開発に取り組み、1954年には「ファセル・ヴェガ」という自動車ブランドを立ち上げ、同年パリ・サロンにて「FVシリーズ」が発表された。ちょっとややこしいのは「ファセル・ヴェガ」がブランド名で、モデル名が「ファセルFV」であった。



そんなファセル・ヴェガにおいて最も有名かつ販売的に成功したのが1958年5月に登場した「HK500」であった。創業者ジャン・ダニノスの「世界で戦えるハンドメイドのグランドツアラー」というビジョンに忠実なHK500は、フェラーリ250GTE、マセラティ3500GT、アストンマーティンDB4などをライバルに設定していた。チュブラーシャシーにダブルウィッシュボーン式フロントサスペンション、ライブリアアクスル、4輪フィン付きドラムブレーキ(ディスクはすぐにオプション設定された)を装備したスポーツサルーンは、先代FVシリーズのものを受け継いでいる。

HK500は、クライスラー製5.9リッター(後に6.3リッター)V8 OHVエンジンを搭載し、オートマチックトランスミッションを装備していた。さらにスリルを求める人は、4速ポンタムーソン製マニュアルギアボックスとデュアル4チョークカーターキャブレターを選択することもできた。オートカー誌によると、HK500のマニュアル車は、0-60mphで8.4秒、0-100mphで19.1秒、理論上の最高速は140mphと、この時代において最も速い車のひとつであった。なお、当該車両は6.3リッターエンジンでオプションだったディスクブレーキを装着している。



HK500は“ドラマチック”と評されたスリーピースグリル、通常Aピラーがある部分までガラスになっている“ラップアラウンド”フロントウィンドウ、カットアウェイテールライトなど特徴的なデザインに仕上がっていた。内装もスタイリッシュで豪華なレザーシート、電動ウィンドウ、ウッドエフェクト塗装されたダッシュボードなど高級感たっぷり。そんなHK500のオーナーにはパブロ・ピカソ、エヴァ・ガードナー、スターリング・モス卿、リンゴ・スター、トニー・カーティス、モーリス・トランティニャン、ジョーン・フォンテーヌ、ダニー・ケイ、フランソワ・トリュフォー、ロブ・ウォーカーなど、錚々たるセレブリティたちが顔を揃えた。1961年までに約490台のHK500が生産され、ファセル・ヴェガ・カークラブの調べによると98台がイギリス向けに販売されたそうだ。







今回、ガレージで“発掘”されたHK500(シャシーHK1 BP4)は、新車時にはブランズウィック・ブルーのエクステリアカラー、インテリアはグレーの革張りで仕上げられ、Magnatex Ltdの創設者で会長のW.E. オシェイ氏に納車され、1960年7月15日に「WO 2」として登録。その後、HK500はワームスリー・パーク(現在はゲティ家の別荘地)のフェーン氏、ケビン・シルコック氏などが所有したことが判明している。現オーナー(故人)は、47年前にシルコック氏からHK500を購入。1972年に自動車検査を受けた際、走行距離5万5000マイルという記録が残された。それ以来、HK500はガレージに保存され、現在に至った。



タイヤは空気が抜け、蜘蛛の巣が張ってはいるが…、直射日光を避けられたのはせめてもの救い、だ。



H&H Classicsオークション上での最低落札価格は設定されておらず、フルレストアのベース車両として注目を集めている。思いのほかリーズナブルに落札されるのか、はたまたレアなファセル・ヴェガ車として評価されるのか、気になるところだ。


文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)
Images: H&H Classics

古賀貴司(自動車王国)

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