スリルに思わず笑みを浮かべるスポーツカー、マセラティMC20チェロ

Kazumi OGATA

しばらく赤字続きだったマセラティは2021年から黒字化を達成できている。それでも営業利益率は8.7%に過ぎず、ポルシェの18%やフェラーリの24%と比べると、まだまだ見劣りする。同社では来年3月までには営業利益率15%に引き上げ、2025年までには営業利益率20%を目指す、という野心的な経営計画を2020年に発表している。つまりは経営において“ターボチャージ”をかける、ということだ。その牽引役を担うのが、MC20“シリーズ”である。

MC20が搭載する「マセラティ・ネットゥーネ」と命名された、3リッターV6ツインターボエンジンはフェラーリからのOEM供給(年内いっぱいで契約は終了予定)ではなく、マセラティが自社開発したものでF1技術由来の“プレチャンバー”を有していることが話題となった。燃料効率が向上し排ガスのクリーン化を実現でき、ヨーロッパの厳しい排出基準「ユーロ6d」にも対応できている。そして最高出力630ps/7500rpm、最大トルク730Nm/3000-5500rpmと小排気量・高効率エンジンぶりを発揮している。

MC20発表時に明らかにされたのは、オープンモデルと電動車の追加も予定していることだった。そして今回試乗する機会を得たのが、オープンモデルの「MC20チェロ」だ。チェロはイタリア語で「空」を意味する。メタルトップの格納式ルーフではなく、高分子分散型液晶(PDLC)技術を採用したガラスルーフを備えている。これはセンタースクリーンのアイコン操作でガラスを曇らせたり、透明にさせたりすることができるものだ。



同じくセンタースクリーンのアイコンで操作するのは、格納式ガラスルーフの開閉だ。開閉に要する時間はたった12秒だが…、アイコンを押し続けなければならない。また、リアウィンドウに相当する部分のガラスの開閉もこのセンタースクリーンに表示されるアイコンで行う。センタースクリーンを“中央指令室”としたい意図が見え隠れしているし、ワイヤーハーネスの使用量軽減うんぬんあろうかとは思うが、使用頻度が高い部分ゆえに物理的なボタン/スイッチのほうがユーザーには優しいと思う。

MC20チェロはオープンボディとなったことでボディのねじれ剛性を高めるために、カーボンタブ(ダラーラと共同開発)にはMC20よりも厚みを持たせている。MC20チェロの車両重量はMC20よりも65㎏重くなっているそうだ。残念ながら試乗車の車検証を確認することができなかったので、正確な車両重量は分からない(ホームページにも記載なし)。MC20の車両重量、ヨーロッパでは1500㎏と謳われているので1565㎏となろうが、どうやらヨーロッパでの公表値は乾燥重量であるようだ…

MC20“シリーズ”、基本のカーボンタブの設計は3モデルで同じだが、オープンボディではねじり剛性を向上させたように、電動車ではバッテリー保護の施策が講じられるそうだ。なお、MC20チェロはガラスルーフがエンジン上部に格納される作りとなったため、エンジンフードが覆われるデザインになった。そこでリアのトランク両脇には排熱用のエア・アウトレットが2か所設けられている。エンジンやトランスミッションなどのハードウェアは、MC20と同じだ。



MC20チェロのエンジンをスタートさせて「GTモード」(デフォルトセッティング)で走り出すと、MC20とまったく遜色ない雰囲気を漂わせる。ガラスルーフ部分は分割可動式なのでボディ剛性如何では軋み音の類が出そうなものだが、杞憂に終わった。ガラスルーフをオープンにしてから閉じると微かに“ミシミシ”と音が出るが、しばらくすると“落ち着く”のでご心配なく。

3リッターV6ツインターボエンジン、GTモードかつ8速DCTをATモードで走ると積極的にシフトアップしていく。100km/h巡航は8速で1500rpmに満たない程度。残念ながらこのエンジンは、従前のマセラティ車と比べると良音を奏でるものではない。クローズドの状態で走っていると、ただただ野太い低音が聞こえてくるだけだ。しかし、ひとたびアクセルペダルを踏み込むと“シュゴーッ”と凄い過給音と“こもった”チューバ(金管楽器)のようなエグゾースト音が響き渡る。



タコメーターが5000rpmを超えるとエグゾースト内のバルブが開くのだが、2700rpm付近からフルブーストが掛かり、チューバからはこもり音がなくなり音量が増し、怒涛のトルクが押し寄せ、あっという間に法定速度を超過してしまいそうだ。0-100km/h加速3.0秒の加速力は、伊達ではない。

「スポーツモード」にするとサスペンションのダンパーは“硬め”になり、変速スピードがGTモードよりも速いことに気づかされる。アクセルペダルへの反応も敏感になり、8速DCTが積極的にシフトダウンする。スポーツモードでは3500rpmを超えるとエグゾースト内のバルブが開く設定になっているが前述の通り、2700rpmを超えると“お祭り”状態だ。

「コルサモード」はサーキット使用が前提とのことだが、サスペンションのダンパーはさらに“硬く”なり、変速は8速DCTのポテンシャルを最大限活用した最短スピードになり、変速時には不快感が伴わない軽いショックを感じさせる(わざと?)。アイドリングはGTモード、スポーツモード共に800rpm程度なのだが、コルサモードでは1100rpm程度で戦闘態勢を維持する。また、コルサモードにすればスタートダッシュを手助けする、ローンチコントロールが使えるようになる。

GTモードならびにスポーツモードを選択している際、ダンパーを「ソフト」もしくは「ミッド」、コルサモードを選択している際は「ミッド」もしくは「ハード」と幅広くセッティングできるのは、時代の要求なのだろうか。なお、ESCオフはコルサモード&一切のトラクションコントロール・オフの状態となる。そのほか滑りやすい路面を安全に走るための「ウェットモード」も用意されている。基本、GTモードと同じセッティングではあるのだが、ターボチャージャーのブースト圧のかかり方がジェントルになっている。



ヌメーッとした適度な軽さを持つステアリングフィールは、ダイレクト感たっぷり。低速域では「快感」と評したくなるほどだが、どのモードを選択しても、どの高速域でも変わらない。ワインディングロードを高速で駆け抜ける際、はたまた超高速走行をしている際、“ちょっと軽すぎる”と感じたとともにこの手のスポーツカーで久しく味わっていなかったスリルに思わず笑みを浮かべてしまった。“これ、これ!”なんて思ってしまったのだ。そして最近、どれだけ電子デバイスに甘やかされているか、を強く認識させられた。



様々なモード、様々なダンパーセッティングが用意されているが、どのモードも乗り心地は悪くない。GTカーと呼ぶほど柔らかいものではないが、スポーツカーとしては十分なしなやかさを持ち合わせ、ドライバーへの身体的疲労は少ない。いざとなれば630psのツインターボエンジンが牙を剥き、旧世代スーパーカーのような危うさまでも満喫できる。それでもESCオフを選択しないかぎり、必要に応じて安全デバイスがしっかりフォローしてくれる。

ガラスルーフを開けて走ると、クローズドの時よりもエグゾースト音はしっくりくる。クローズドの遮音性能が、エキゾースト音に悪さをしていたようにさえ思えるほど。また、8速DCTをマニュアルモードにすれば、デフォルト設定の高ギアで巡航する必要もない。日本ではMTモードで乗ることを強くお勧めしておく。それにしてもMC20チェロは流麗なスタイルは、ただただ美しい。街中でガラスに反射する姿に運転席からもうっとりしてしまう。ワイド&ローというスーパーカー・デザインの基本に忠実ながら、乗員に無理を強いることがない、…ラゲッジスペースを除けば。





もっともラゲッジスペースの小ささに言及してみても、そもそもガソリンを満タンにしてもメーターパネル内に表示される走行可能距離は300㎞強に過ぎない。ロングドライブよりも日常の足(通勤やレジャー)としての使用が念頭に置かれているためだろう。“毎日、身に着けて、新生マセラティを感じ取って”という想いが伝わってくる。そして、今後投入されるBEVの航続距離への抵抗感を軽減させるための布石のようにも思える。

よく出来た車だなぁ、と感心することは多いが、MC20チェロほど笑みをもたらしてくれた車は久しぶりだった。マセラティの経営計画が必要とするターボチャージに、MC20やMC20チェロほどのブースト圧があることを願うばかりだ。




文:古賀貴司(自動車王国) 写真:尾形和美
Words: Takashi KOGA (carkingdom) Photograhpy: Kazumi OGATA

古賀貴司(自動車王国)

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