「何といっても憧れ続けた存在です」|フェラーリ512「時速188マイル」BBに乗る!【後編】

Barry Hayden

この記事は「かつてスーパーカー少年の心を掴んだポスターカー|フェラーリ512「時速188マイル」BBに乗る!【前編】」の続きです。

ポスターカーの時代を堪能


世界的に成功を収めているイギリスの靴メーカー「カートガイガー」率いるニール・クリフォードが512BBを購入したのは、約8年前のことだった。「当時の若者と同じで、私も寝室に憧れた車のポスターを貼っていました。幸運にも512BBを買える立場になって、夢のひとつが叶いました。しかも“21689”はポスターカーそのもので、走行距離も少なめでヒストリーも明確。カラーコンビネーションも気に入っています。188mph出せるか否かはあまり気にしていませんし、走りにはいたく満足しています。ひとっ走りしてから感想を聞かせてくださいよ」と笑顔で鍵を渡してくれた。

“ジャッロ・フライ”と呼ばれるイエローの外装色に組み合わせられているのは、1970年代らしいブラウン・レザーの内装で、シャープな印象を与えいかにも速そうな佇まいをしている。最近のスポーツカー同様、フェラーリもどんどん肥大化している昨今、当時のピニンファリーナが描いたラインはすっきりとしていて無駄がないように感じる。フロントノーズは思いのほか長めに感じるが、フロント寄りのコクピット、筋肉質なリアのホイールアーチ、なだらかに傾斜するリア後半のボディラインがミドシップする12気筒エンジンの存在を予感させる。

1970年代に人気を博したブラウン・レザーは使い込まれるほど色気が増す。

この頃のフェラーリ・アロイホイール、丸いテールライト、特徴的なフロント・ウィンカーレンズなどが、512BBにユニークなクラシックカーとしての存在感を与えているにもかかわらず、ほかのフェラーリ車ほど人気になっていないのが不思議なほどだ。ディーノや308よりも威風堂々としていて、360PSを誇る5リッターエンジンはF1マシン由来という名機を積んでいながら、ミウラの3分の1の値段で購入できてしまう。

リトラクタブル・ヘッドライトと大型のウィンカーレンズがBBの“顔”になっている。

全高が1120mm(44インチ)しかないため、乗り込む、というよりも腰を下ろす、という感覚に陥る。着座位置は低く、ヘッドルームは意外と広めだが、背もたれはリクライニングした状態で“寝そべる”ような雰囲気すら漂う。クッションが効いた大きなシートは調整式でミウラと違い、通常の人体構造に合わせて設計されていて快適だ。拍子抜けするほど軽く感じるドアを閉めると、スリムなAピラーと適切に配されたリア・クォーターウィンドウのおかげでコクピットが広く感じるし、視界も良好だ。 ステアリングホイールのサイズは理想的なだけでなく、エアバッグやスイッチ類が一切ないシンプルさが今となっては清い。目の前に広がるのは、ポスターで一躍有名になった“あの”188mphを表示させた赤く光るメーター類。今日、この試乗において188mphには挑まないが…。

インテリアは清くシンプルで、今ではクラシカルな雰囲気。

アクセルペダルを数回踏み込み、ウェバー・キャブレターの調子を整えてエンジンの回転数を上げてやると、すぐさま800rpmほどのアイドリング状態に落ち着く。シフト操作をするとメタルのシフトゲートに接触してカチカチと音を鳴らすのは、この頃のフェラーリならではだ。昨今の車では、エアコン吹き出し口が斬新過ぎるが、純正ラジオの下に装着される512BBのごく一般的な吹き出し口を見ると安心感すら覚えてしまう。クラッチペダルはそれなりの踏力を必要とするが、365 G T4BBよりも軽い。だが、トランスミッションオイルが暖まるまではシフト操作はとても硬い。クラッチを繋いで発進すると、図太いトルクで軽々と動く。たった数メートル移動するだけで、512BBのシャープさがドライバーに伝わってくる。ドライバーからの操作に対して、ズレた感覚が一切ないのだ。

ひとたびエンジンやトランスミッションが暖まると、高速道路に繰り出し手綱を緩めてみた。アクセルペダルを踏み込むと、12気筒エンジンはたっぷりの空気を吸い込み、どんどん回転数をあげていく。回転数の高まりとともにエグゾースト音の迫力は増し、360PSが路面に伝わっていく様が手に取るようにわかる。機会を見計らってシフトダウンし、ステアリングをギュッと握りしめて加速力の真価を体感してみることにした。

エグゾースト音は暴力的になりながらも、ハーモニーを奏で音楽でいうところのクレッシェンド状態で深みある遠吠えになる。5リッター12気筒エンジンの底力は伊達ではない。「フェラーリ」というブランドに様々な解釈があろうが、このエンジンの遠吠えを聞いて、パワーを体感すれば、いかに特別な車を造るメーカーであるかが分かるだろう。そして、サラブレッドの真骨頂が垣間見られる。

今日、我々は小排気量エンジンに大型ターボチャージャー、そして斬新奇抜なエグゾースト・システムを組み合わせた、いわば“ドーピング”しているスポーツカーにしか触れることができなくなりつつある。時代の要求であり、地域によっては法律の要求でもあろう。技術の進歩は素晴らしく、たしかに数値上の走行性能は凄まじい。ただ、そのドライビング・エクスペリエンスは新世代のものである。

12気筒エンジンをミドシップしたBBは、ポスターカーになったランボルギーニ車に向けたフェラーリなりの回答だった。そして、いつしかミドシップは市販フェラーリのアイコン的存在になった。

懐古的と言われるかもしれないが、512BBで感じる伝統的、ピュア、そしてメカニカルな雰囲気が懐かしく心地よい。面白いことに、爆発的と呼びたくなる力強さも感じさせてくれる。高級スポーティセダンが500PSを超える昨今、360PSは大した最高出力ではない。しかし、そのパワーを伝達する様が、512BBでは生々しくもあり、ドライビング・エクスペリエンスに充実感と満足感と達成感をもたらしてくれる。「ロボットによって組み立てられたのではない魂を感じさせる」、とは言い過ぎだろうか。

そして、あらゆるコンポーネントがハーモニーを奏でたときに、エンジンの力強さが路面に伝わる。それこそ、アクセルペダルひとつとってみても、踏み込み量に応じてワイヤーがグイーっと引っ張られていることが足に伝わってくる。ステアリング操作、ブレーキ操作などからも手足に伝わる感触が、実に生々しいのである。

512BBは古い車かもしれないが、今の水準から見ても十分な速さを有している。さすが当時のスーパーカーだ。初期アンダーステア傾向にセッティングされているものの、ステアリングの操舵に対して素直に反応しながらコーナーを駆け抜ける。ステアリング操作に対して、腰から旋回していくような感触だ。慣れてくれば、扁平率が高めなミシュラン製タイヤのたわみを感じながらのコーナリングも可能だろう。デビュー間もない頃、512BBのエンジンはトランスミッションより高い位置にミドシップされていることが批判された。この組み合わせは、極限状況において慣性モーメントを引き起こすというものだった。しかし、本気でレース活動に取り組むのでなければ、まったく気になるようなものではない。むしろ、タイトコーナーでリアのグリップが失われる直前のスリルを味わえて、軽いオーバーステアを楽しむクラシック・フェラーリとして最高の相棒だと言えよう。「最高速度190mphを超える車を数台保有しています」とオーナーのクリフォードは口を開いた。

「しかし、クラシック・フェラーリである512BBの本質は違うんですよ。そんな話ではなく、メカニカルな純粋さを感じ取ることができて、運転のしがいがあるというか、充実感に満ち溢れているんです。だから定期的に運転しています。今の水準から言っても、十分に速く感じますし、何といっても憧れ続けた存在でもありますし」

ポスターのなかで見た188mphの世界に夢を見、憧れた人たちにとって、それが事実かどうかなんて関係ないのだ。


1977年式フェラーリ512BB
エンジン:4942cc、180ºV12DOHC、ドライサンプ式、ウェバー製40IF3Cキャブレター×4基
最高出力:360PS/6200rpm 最大トルク:46.0kg·m/4600rpm
トランスミッション:5速MT ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前/後):不等長ウィッシュボーン、コルスプリング、テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ベンチレーテッド4輪ディスク 車両重量:1630kg
最高速度:175mph 0-60mph 6.1秒


編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom)
Words:Robert Coucher Photography:Barry Hayden

古賀貴司(自動車王国)

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