「あやうく本当の姿を見逃すところだった」|ジェントルマンのためのスーパーカー、マセラティ・ボーラ【前編】

Tom Shaxson

大胆にもマセラティは、ミドマウントエンジンカーのヒーローたちが待ち構えるマーケットに、洗練されたボーラを投入した。テスターのリチャード・ヘーゼルタインは、マセラティ・ボーラを“宝石のような価値を持った反逆児だ”と評した。



それを「ダマスコの回心」とでも呼んでおこうか。ちょっと気取って言ってみたが、要は私のボーラに対する評価は今回のテストで劇的に変わったということなのだ(訳注:ダマスコの回心とは180度極端に転向して考えが変わること。イエスの迫害者だったサウロ(後に使徒パウロとなる)はダマスコ(=ダマスカス)でイエスと出会うことで、劇的とも言える回心を遂げたとされている)。

魅力を引き出す秘訣


大げさに言えばステアリングを握っている時に「悟りの瞬間」に出くわし、ボーラ愛が掻きたてられた。そう、今や私はボーラに恋をしているかのように、夢中になった。

その決定的な瞬間は、最後に数ミリ残されていた、スロットルの“遊び”を発見したときに訪れた。ハートフォードシャーの下水処理場というロマンチックな環境に囲まれたオープンロードで、サードにギアを入れ、スロットルを踏み込んだ。長いストレートを急加速すると、アドレナリンの放出を促進するようなカムの合唱が始まる。クワッドカムV8がそこではじめて存在感を示してくれた。そうなのだ。メキシコ、ギブリ、インディ、カムシン、クアトロポルテとベースを同形式とした、マセラティならではの、独特な魅力を持ったエンジンなのである。アメリカンV8のようなフレキシビリティーを持ちながらも、事あらば唸りを上げ、官能的なサウンドを楽しませてくれる。



しかし、ボーラの魅力を引き出すためには、この時代の他のスーパーカーとは違った注意事項が存在することを皆さんにお伝えしなければならない。正直に言ってしまえば、当初、私はこのマセラティ初のミドシップエンジン・ロードカーにパフォーマンス不足を感じていた。しかしそれは、スロットルペダルに騙されていたに過ぎなかった。目一杯踏み込んでいるつもりだったが、まだその先があって、実はそこが一番美味しいところだったのだ。

これはマセラティのスペシャリストであり、数え切れないほどボーラの面倒を見てきたアンディ・ヘイウッドも証言してくれているから確かなことだ。つまり、踏み込んだ時は拍子抜けするくらい軽いペダルが、ある所で急に重くなる。しかしそこで諦めてはならないのである。そう、まさしくこれが私のボーラに対する評価を迷わせていた。あやうく本当の姿を見逃すところだった。あぶなかった。

スーパーカーバトルの渦で


ランボルギーニ・ミウラ、フェラーリ365GTB/4 BB、デ・トマゾ・パンテーラといったライバルがひしめくスーパーカー・マーケットの開幕戦にボーラは投入された。だが、そのスタイリングは皆を驚かすような派手なものではなく、目を丸くさせるような不思議なドアや大きなウイングがあったわけでもなかった。



“私を見て”と大声で訴えかけるというよりも、控え目な視線を向けて囁くという程度なのだ。もっとも、長距離ドライブの後で耳が聞こえなくなるようなことはなく、首が痛くなるほど体をひねって外を見る必要もない。このカテゴリーの車として希有なことに、ロングドライブから戻って整骨院に行く必要ももちろんない。

このように評すなら、ボーラは少し軟弱な車のように聞こえてしまうかもしれない。たしかにボーラに関するレビューの多くはそういった傾向がある。あなたがそう思い込んでしまうのも無理はない。しかし、これは私に言わせるならナンセンスだ。

ボーラはまったく浮ついたところがなく、間違いなくこの世代で最高のスーパーカーだ。ただ、芝居がかっていないだけなのだ。そして、それはネガティブなことではなく、これこそボーラのコンセプトである。つまり、ボーラは「マセラティがエキゾチックカーの優等生としての地位を保つ」という重要なミッションを持って誕生した。マセラティは常に快適なロードカー造りを目指しており、最高速度を追求するために他のすべてを犠牲にするつもりもなかった。

越湖信一

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