追悼 ヘインズマニュアルの生みの親―ジョン・ハロルド・ヘインズ

車を自分で整備・修理・レストアするための“ヘインズマニュアル”を生み出したジョン・ヘラルド・ヘインズが死去した。享年80。スリランカ生まれのヘインズは、まだ10代のときに最初のマニュアルを作った。教師に掛け合って体育の時間にオースチン・セブンを改造。この“スペシャル”の製作法を記した冊子を作ったところ、250冊が完売した。

本格的にマニュアルの出版に乗り出したのは1966年のことだ。所属していた英空軍のアデン基地で、同僚の車のリビルドを手伝った際に、既存のマニュアルが役に立たないものばかりであることに気づいたのである。

そこで、オースチン・ヒーレー・スプライトのマニュアルを出版すると、写真による分かりやすい解説が受け、数か月で3000冊を完売。この成功を皮切りにヘインズ社は大きく成長し、お金をかけずにDIYで車を維持したいというオーナーを数世代にわたって支えていく。さらに、マニュアル以外の自動車関連の本も数多く出版してきた。やがて、車に先端技術が使われ、自宅でのメンテナンスが一般的でなくなると、ヘインズマニュアルも衰退の道をたどるかに思われた。しかし、その頃から新たな方向を打ち出し、フォードGT40から、ゾンビ撃退法や赤ん坊の育て方まで、あらゆるマニュアルを発売すると、従来のシリーズを上回る売上を記録した。ヘインズ社は1979年に上場し、現在までの総売上部数は2億冊を超える。

ジョン・ヘインズは生粋のカーエンスージアストで、会社の成功を元手に膨大な数の車を収集した。これを展示するため、1985年にヘインズ・インターナショナル自動車博物館をイギリス南西部スパークフォードにオープン。展示車両は400台以上で、特に、赤い車ばかりを集めた広大な“レッドルーム”で有名だ。年間12万5000人以上が訪れている。

抄訳:木下恵 Transration: Megumi KINOSHITA

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