毒蛇(ヴァイパー)の巣窟に宿る伝説

Images: Ray Hutton, Dodge official

1989年1月、ダッジ・ヴァイパーのコンセプトカーがデトロイトモーターショーにてお披露目された。まだソーシャルメディアがない時代、ティザー広告も今ほど盛んに行われていなかった当時、ヴァイパーのコンセプトカーはセンセーショナルに取り上げられた。誰も見たことのないサイズ感、アグレッシブなデザイン、8リッター(!)V10エンジンは、当時のクライスラーのイメージを一新するものであった。 





クライスラーを率いていたボブ・ラッツはACコブラ・マークIVを所有し、デザイン副部長、トム・ゲールはホットロッド・エンスージアストであった。そんな二人が、クライスラーのイメージアップを目論んで“現代版”ACコブラをコンセプトカーで具現化したのだった。コンセプトカーはクライスラー社内の有志が、使われなくなった倉庫に集って開発が極秘裏に進められた。この倉庫が“毒蛇の巣窟”と呼ばれていたのだった。

プロトタイプ開発への着手は素早かった。消費者が製品化を求める声が大きかったのだ。とはいえ、この頃のクライスラーが許容できる開発資金には限度があった。そこでクライスラーの余剰設備を最大限活用し、85名という少数精鋭で部署の垣根を超えた、巨大な会社としては異例な体制で開発が進められた。



また当時、ランボルギーニはクライスラー傘下だったこともあって、ヴァイパーへのランボルギーニエンジン搭載が噂された。だが、実際はランボルギーニが持つアルミ鋳造技術でシリンダーヘッドやブロックの軽量化が図られた。1990年5月にはプロトタイプが完成し、市販化するか否かの決断はリー・アイコッカ会長に委ねられた。

ボブ・ラッツとはさほど良好な関係になかったが「とっとと生産しよう!」と鶴の一声で決断がくだされた、という。発売当初は安っぽいインテリア、皆無だった安全装備など批判もあったが、クライスラーのイメージリーダーを担い、進化することを忘れなかった。ボブ・ラッツはヴァイパーのデビュー当初「ヴァイパーは4輪ステアリング搭載しているよ・・・、ドライバーのアクセル操作とも言うけどね」という名言を残していた。

Words:Ray Hutton  翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transration: Takashi KOGA (carkingdom)

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