メルセデス・ベンツ300SLガルウィング|あるオーナーが語る「夢のような名車」と歩んだ40年

1955年メルセデス・ベンツ300SL ガルウィング(Photography:James Lipman)



このように、ガルウィングは決してパーフェクトな車ではない。だが、その魅力は実用面の欠点を補って余りあるものだ。しかも、いくら慣れ親しんでも色褪せることがない。私も、前述の燃料噴射ポンプや、高くて幅の広いシル、後方視界の悪さなどに毒づいたことはある。だがそれよりも、朝ガレージのドアを開けて"我が身の幸せが信じられない"と感じることのほうが、はるかに多いのである。

今回、スタジオで撮影される様子を座って眺めながら、つくづくと車を見つめている自分に気が付いた。これほどじっくりと眺めるのは、40年通してなかったことだ。あらためて喜びがわき上がる経験だった。

私は、街乗りで使うのをやめた数年前に、バンパーを外してガレージのロフトに仕舞い込んだ。重々しいクロームのバンパーが前後にないほうが美しく見えるからだ。官能的なヒップラインが露わになるし、ノーズから下へと続く優雅なラインが、前から後ろに緩やかに傾斜するシルのラインと、ホイールオープニングを挟んできれいにつながっているのもよく分かる。

美術学校時代には、車への執着を堕落と考える他の学生からよく挑発を受けた。そういうとき私は、車は単なる移動手段ではなく、"動く芸術"、動く彫刻作品なのだと反論した。ただ、数十年後には、ボロボロの車に対して本当に巨匠の傑作並みの値が付くようになるとは想像もしていなかった。

この動く彫刻が私のものであることを示すディテールもスタジオの照明で浮かび上がった。km表示の速度メーターに付いた「30」「40」という古い手書きのステッカーは、マイル換算が分かるように私が貼り付けたものだ。数え切れないほどの時間を過ごした運転席のレザーシートはつややかな光沢を帯び、シフトノブには細かな亀裂が浮かぶ。40年を共にしてきて、この車のことなら何でも知っている、そう思っていたのだが…。

"5500850"が辿ったヒストリーの謎
最近、300SLのスペシャリスト、マーティン・クシュウェイから、1通の古い手紙を譲り受けた。マーティンの父親のロンに宛てて情報を請う手紙で、差出人は私がガルウィングを購入した相手だった。それによると、なんと当時「オレンジ色で中央に太い黒のライン」が入っていたこのガルウィングを、かつてスティーブ・マックイーンが所有していたという説がある、というのだ。

手紙が書かれたのは1969年で、"元マックイーン所有"の品物が聖遺物扱いされるようになるずっと前のことだから、本当だとしても利益はなかった。マックイーンと長年連れ添ったニール・アダムスの自伝には、映画『大脱走』をドイツで撮影中にマックイーンがガルウィングを所有し、クラッシュしたという下りがある。しかし、私の知る限り、マックイーンとガルウィングが一枚に収まった写真は知られていない。

絶頂期のマックイーンが絶えずカメラに晒されていたことを考えると、この話には疑問符が付く。だが、分からない。なにしろガルウィングは、美術学校時代に私をノックアウトして以来、あの手この手で常に驚かせてくれているのだから。

もし、この車の初期のヒストリーに関して何か情報をお持ちの方がいたら、chris@octane-magazine.comに連絡していただきたい。イギリスで最初に登録されたときのナンバーはSHM 14F、シャシーナンバー:5500850、エンジンナンバー:198980だ。この車とスティーブ・マックイーンが一緒に写った写真があれば非常にありがたい。

1955年メルセデス・ベンツ300SL ガルウィング
エンジン:2996cc、直列6気筒、OHC、ボッシュ製メカニカル燃料噴射
最高出力:240bhp/6100rpm 最大トルク:30kgm/4800rpm
変速機:前進4段MT、後輪駆動 ステアリング:ボール・ナット
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、アンチロールバー
サスペンション(後):スウィングアクスル、ラディアスアーム、コイルスプリング
ブレーキ:4輪ドラム、サーボアシスト付き車重:1252kg
最高速度:217km/h 0-100km:8.8秒

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Delwyn Mallett 

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