ポルシェRSRで駆け抜けたシチリア最後の王者が語るポルシェの楽しさ

Photography: David de Jong Archive images: Porsche


 
ポルシェは1960年代末から70年代初めにかけて、タルガのエントリーを大きな917 から小型で機敏な908 へと変えた。そこに立ち会ったのがヴァン・レネップだ。

「私が初めて出走したのは1970年で、908 で戦った。この年はタイヤを1本失ったが、3輪と1個のブレーキディスクで走り続けて4 位になったよ。ワークス・ポルシェのすぐ次だ」

「1971年はアルファロメオで出場した。ティーポ33 で2位だったが、実はお偉方の指示だった。私はイタリア人のアンドレア・デ・アダミッチと組み、もう1台はヘゼマンとシチリア出身のヴァッカレッラのコンビだった。ヴァカレッラは地元の英雄だから、故郷で負けるわけにはいかない。あそこでは、優勝しなければマフィアに処分されてしまうだろ(笑)。だから譲ってやったのさ」

「翌年はヴィック・エルフォードと組んだ。"クイック・ヴィック" は、私が知る中でも最高のオールラウンダーだったよ。この年もアルファで走った。本当に楽な車でね。目を閉じていてもちょっと踏む程度で勝てただろう。ところが、コンロッドボルトが1 本折れて万事休すさ。ヴィックと組むといつもツイていなかった。いや、それは違うな。1967年のムジェロでは911R で3位フィニッシュしたんだった」

こうして1973年を迎えた。「私はRSRでハービーことヘルベルト・ミューラーと組むことになった。私たちはいいチームだったが、純粋に仕事だけの関係で、友人にはならなかった。ドライバーの間に本物の友情は芽生えない。不確かな関係で、誰もがエゴイストだ。ドライビング中に考えるのは自分のことだけ。チームスピリットもあるが、レースが終わればそこまでだ」

「ミューラーは非常に安定したドライバーで、いい走りをしたよ。レースではコンスタントな走りがものをいうんだ。たとえば、私がアルファで出した3 周のラップタイムは、34分11 、34分03 、34分09 だ。カレラでは37 分くらいかかったが、アルファのようなスペースシップと違って、あの車はG T に近かったから。それでも私たちはプロトタイプクラスで戦った」



「あの年、プロトタイプクラスにはアルファが2 台、フェラーリが2台、ポルシェが3台出走した。しかし、フェラーリのイクスはエンジントラブルで壁に突っ込み、アルファのデ・アダミッチはオーバーテイクしようとしてサスペンションを壊した。もう1台のアルファは練習中につぶれていた」

「私が最初の3 周を走り、次の3 周をミューラーが走った。4 周目には私たちがトップに立っていたよ。よく知っているサーキットだったが、車の中はひどい暑さで、50度になることもあった。車の中に飲み水はない。その暑さだから喉はカラカラさ。2時間後、3周して4500回もギアチェンジした頃には、精根尽き果てていた。当時はまだ29 か30 歳だったのにね」

現在もドライビングコーチとして働くヴァン・レネップは、レースを戦う術を忘れていないと話す。「今もできるだろう。私は体を鍛えているし、視力も衰えていない。暗くてもちゃんと見えるよ。ただ、今は早めにブレーキを踏んでしまうだろうね。コーナー手前でのレイトブレーキングは、もう私には無理だ。私は非常に幸運だった。決断するのは自分自身だが、運も味方につける必要があるんだ。今でもスピードは出すけれど、余裕を多めに残すようにしている。急いで前に出たがっている人には素直に譲るよ」

「それも私がグッドウッド・リバイバルに出走しない理由のひとつだ。あそこはつまらないサーキットだと思うが、ヒストリックレースの中では最高のスピードでやっているし、ぶつけ合ってコースから押し出したりするからね。ただ、私は917で走ることは二度とないだろうといっていたのに、何年か前にドライブしたんだ。古い車ほどクレイジーだよ」

ヴァン・レネップは、1973年のタルガにどんな思いを抱いているのだろうか。
「世界選手権としての最後の年だったから、自分が勝ててうれしいよ。なんといっても歴史に残ったんだからね。40年以上続いたル・マンの記録もそうだ( 最長走行距離の記録は2010年まで破られなかった)。最近はセーフティーカー先導で走る場面が多い。いいことではあるけれど、記録が長く残ったのはそのためだ。一番の思い出はル・マンの初優勝だが、

私の心は今もタルガ・フローリオにある。あの素晴らしいサーキットのほうが好きなんだ」「一度、練習中に警官に止められたことがあるよ。言われた通りにボンネットを開けると、その警官は“美しい車だ”とため息をついて、目に涙を浮かべていた。彼はただ、車を一目見たかっただけなんだ」

「そう、モータースポーツに関しては、イタリアが一番素晴らしい。タルガ・フローリオには40万人もの観客が集まった。私たちは200 ㎞/h で村々を駆け抜け、その数センチ先には、黒い服を着た75歳のおばあさんが戸口に立って楽しそうに見ていたなあ」
 
ヴァン・レネップはニヤリと笑い「いや、45 歳だったかもしれないな。見分けがつかなかったよ⋯」と続けた。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO( Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Martin van der Zeeuw 

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