自動車アート界唯一無二の存在│木材で車の彫刻を造りあげる

octane UK

アメリカの彫刻家デニス・ホイトは、自動車アート界における唯一無二の存在だ。彼の作品は巨大な木片を何カ月も彫り続けて完成する。

デニス・ホイトは、彼の作品で『Psychedelic 917』と名付けた雄鶏のように長いテールに沿って手を動かしながら語った。「芸術は物事をそのまま解釈するだけではだめだ。芸術家の作品を購入するということは、作者のイマジネーションを手に入れるようなものだ。そのイマジネーションが人を惹きつけないなら、誰もそんな作品は欲しがらないだろう」と。



デニスの彫刻が特に魅力的に感じられるのは、その素材が木材だからだ。「木はとても官能的で、かつ非常に感触がよく、温かみが感じられる」と語る。確かにその通りだ。同じ彫刻でも、ブロンズは冷たい上に触るとよそよそしく感じる。それが木ならば、ついついその凹凸や木目を触って感じたくなってしまうというものだ。

彼はどうして木を使って作品を創ろうとしたのだろうか。「絵を描くとしたら、私のほかに300人以上の絵描きがいた。ブロンズを彫るとしたら、すでに30人以上のブロンズ彫刻家がいた。だが、誰も木ではやっていなかった。その後28年間は経ったが誰もやっていないから、私はちょっとおかしいに違いないよ…」

話を聞いてみると、デニスには、木製の芸術作品創りに長いキャリアがあることがわかった。彼の父は、大工仕事の技術に加え、車に対する強い興味も教えてきたという。デニスが6歳になった頃には、父の助けを借りて1台のドラッグスターを造り上げてしまったほどだ。それは、後輪にトラクターのタイヤ、前輪に兄の三輪車のホイール、コクピットにはバスタブを使用したものだった。数年後、デニスの家族がアイダホ州の農園に引っ越した頃、彼は幹線道路の側の木の上に座って通り過ぎる車を眺めていた。そのとき、デニスは走ってきた車がクライスラー・ターバインだとすぐに分かった。これを転機に、勉強よりもワクワクすることがあると知った。



現在、オレゴン州に住むデニスはこうもいっている。「高校の成績はまったくよくなかったよ。授業は退屈で、教えられることは型に嵌ったことばかりだった」そして彼は、後年に"悟り"を開くまで、建築、製図、彫刻、音楽などに手を出し続けた。

「私は晩婚でね、結婚したのは35歳のときだった。そして最初の3カ月間は車のことばかり話し続けたのさ。そうすると新妻が、『じゃああなた、車を題材に何かやったらいいんじゃないの』なんて言うんだよ。これには本当に頭に来たね。だが、思い直して、木で911を作ってみたんだ。ポルシェを違った視点から表現してみたくなってね」



この将来を決定づけた出来事は1984年のことで、その結果が911の独特なリアクォーターの肉感的な彫刻となった。非常に美しいものの、彼の後期作品に並ぶとおとなしく見えてしまう。後期になると、さらにワイルドに、より想像力豊かな芸術作品に急速に進化を果たした。1988年には、オートモーティブ・ファイン・アーツ・ソサエティ(自動車美術協会)の最初のアーティストに満場一致で選出され、1991年には『Into The Night(夜に向かって)』という作品がペブルビーチ・コンクール・デレガンスに展示され、称賛の的となった。それは、フェラーリ512とポルシェ917がル・マンのミュルザンヌコーナーで争う様子を彫刻した、長さ3.66mの作品だった。これ以外にも多くの作品が自動車アートのコレクター達の目に留まり、デニスは誰もが熱望するピーター・ヘルク賞も受賞した。



その2年後、彼に新たな転機が訪れた。デニスは、『The Ragged Edge(崖っぷち、絶体絶命)』というジル・ヴィルヌーヴを称えた作品で、彫刻上で速さと動きのフィーリングを再現するという実験を始めたのだ。ここ最近での作品には、顧客向けというよりは自身のために制作されたものが多く、さらに抽象的になってきている。

デニスは、『Psychedelic 917』を指しながら語った。「私は、これよりももっともっと突っ走りたいんだ。視覚や精神を欺く感じでね。今は、人が中に座って一体化できる、全長が9.8mにもなるF1マシンの彫刻を造ってやろうかと考えているところだ。自動車アートの新次元に挑戦してみたいと思っている」

彫刻がどれほど激しいデザインになろうとも、デニスは作品にペイントを塗ることはしない。染めるのだ。「ペイントすると木目が消えてしまうからだ。染料は木の奥底まで染みこむ。使い方は自分で学ぶしかなかったなあ。たくさんの人に聞いてみたが、誰も知らなかった。木の表面に染料をスプレーしても、驚くことにすぐに消えてしまうしね。透明の定着剤を上塗りするまで見えてこないんだ。染料を染み込ませたくない部分には、液体ラテックスを使っているよ」



現在では、デニスは木製彫刻に鉄を組み合わせることも始めている。ひとつの素材と別の素材を同化させるという試みだ。フェラーリF40を題材にした作品にこれが顕著だが、木が主体であることには変わりはない。

「こうじゃないと私じゃないからね。みんな私のことを、『木の神』と呼んでくれているよ」

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:東屋 彦丸 Translation:Hicomaru AZUMAYA Words:David Lillywhite

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