放課後の部活動でライレー・レースカーを作り上げた学生たち

Photography:Jeff Bloxham

創部10年を越えるオックスフォード大学モータースポーツ・ファウンデーション(OUMF)は、これまでグッドウッド・リバイバルなどラリーやレースに異なったジャンルの車を出場させてきた。

「モータースポーツの学位を取る学生た
ちに、実体験の機会を提供するために創立しました」とファウンダーで唯一の常任部員であるディング・ボストンはいう

牛舎跡を部室に構え、学生ゆえにメンバーも常に入れ替わるOUMFは、これまでにもインカ・トレール・ラリーの出場歴があるエルバ・クーリエをグッドウッド・リバイバルのレギュラーになるまで見事に蘇らせた経験がある。さらに、スコットランドの高原で発見されたライレー1.5は、SOLラリー・バルバドスとイーペル・ヒストリック・レースの両方で勝利を飾っている。部活にはスポンサーからの援助が不可欠で、無償でパーツやサービスを提供してくれるサポーターなくしてレースには出場できない。

だが、最近手が
けた1959年ライレー1.5にはほとんどスポンサーのロゴを見かけない。それには理由がある。グッドウッドとヒストリック・レーシング・ドライバーズ・クラブ(HRDC)のルールによって、スポンサー名を記すことができないからだ(当時のものを除く)。だが、HRDCの創立者のジュリアス・サーグッドは、やる気があっても予算がないチームのエントリーフィーを免除することで対応している。 

グッドウッドのルール上では、エンジ
ンの排気量拡大を25%までなら可能としているが、このライレーは未だ行っていない。前出のディング・ボストンによれば「これは1588ccの強烈な1台だ。問題は、すでに今年3台目のエンジンを使っていることだ。Cクラスに出場しているが、負荷が減らせるMGBの5ベアリング1860ccユニットを載んでBクラスへ移行したい。自らの成功の犠牲者となってしまったわけだ」と語る。

ベースになったライレーは2012年に見つかったもので、レースカーに仕立ててからは、2013年シーズンの始めにシルバーストーンに出場したのを皮切りに、それ以降はクラス優勝を総なめにしてきた。

「フロントフェンダーがなくなっていた以
外は、期待以上にしっかりしていました。これをベースに、エンバイロ・ストリップ社からの支援を受けて、資金力のある車と同様に、真っ新な車体から造ることができました。トンネルの中には5段ギアボックスが収まりました」

「2012年にHRDCのジュリアスからエ
ントリーに関して引き続き支援を受けられることになり、OUMFが車の開発を進める後押しとなりました。ライレーでのレースを通して学んだすべてを投入し、本物のレーサーを造りました。そして、レースロジック社とKAセンサー社の2社がスポンサーになることで、データログの可能性も出てきたため、学生たちにとってはヒストリックレーシングと現代のギャップが埋められました。ステアリングやサスペンションがどのような動きをしているのかが可視化されることは、とても貴重なことです。OUMFにとって大きな前進で、卒業後テクノロジーと向き合わなければならない生徒たちにとって、車に関わる事への魅力が増します。OUMFのOBはよい仕事についています」

「ライレーは常に手を加えており、軽量
化を進めています。現在870kgですが、ドアに着手したところです。全員が同じ責任をもって取り組んでいます。私は単に舵取りをしているだけで、学生は全員自主的に動き、任されるわけですから、直ぐに自分の仕事の重要性に気付くのです。車を触るが初めての1年生に自分の命を託すのは、記憶に残ることも何度かありましたがね」

ヒストリックレーシングの伸びは、従来のスキルの需要も高まっている事を意味している。「現代のレースチームにはベテランが少ないため、ヒストリックカーを手がけた経験のある若者を歓迎します。それは、彼らが実際に手を汚して色々と直してきたからで、たとえば、長距離レース中にオルタネーターのケーブルが落ちたときなど、とても役立ちます」とボストンは語る。

「学生には、ワークショップでのよい経
験やツールの使い方など、実用的な学びの場を提供しています。物を壊しながら壊さない扱い方を学びます。さもなければ就職時のリスクとなってしまいます。我々は、1950年代のケンブリッジ大学オートモービルクラブ以来の成功した学生のラリーチームで、今でも資金に苦労している事に唖然としていますね」

Words:Paul Hardiman 

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