『栄光のル・マン』で使われたマックイーンが所有したポルシェ911の物語

Photography: Matthew Howell



そして2005年のある日、ジェシーはオフィスのランチに参加した。「毎月一度集まるのですよ。同僚と仕事や趣味などについてたわいのない話をするのですが、ある日、私が古いポルシェに目がないと口にしたところ、ある女性が自分の夫が所有していると言うではないですか。ただ、それが911、912、あるいは356かには触れませんでした。次のランチで彼女が再びポルシェの話を持ち出したので、是非、車を見せてほしいと頼んでみたのです。私は356を3台所有しているので興味がありましたから。そして話は進み、あるとき彼女から夫が車を売ることを考えていると聞いたのです。この時点で、マックイーンやル・マンについては一切聞いていませんでした」

実のところ、356エンスージアストのジェシーは、その車が911だと分かった時点で興味を失ったというが、その数週間後、ジェシーは彼女の夫に会うことになった。

「車はほぼ現在の状態でした。外のドライブウェイに置かれていて、ボンネットやルーフには猫の足跡がありましたっけ。オーナーと話をしたのですが、私は初期の911には関心がなかったので、他のモデルとの違いをはっきり感じませんでしたね。その数週間後に今度は妻を連れて再び車を見に行くと、前オーナーがスティーブ・マックイーンだと教えられました。もちろん彼が誰だか知っていましたが、それでもあまり心は動きませんでした。その時はほかにも約束があり、まだ値段も聞いていなかったからです」

「その後、1960 年からポルシェを保有している知人に相談してみたのですが、この時も、初代オーナーの偉大さよりも、実用的な面に話が集中しましたね。走行距離は11万6000マイルでしたし……」

だが、この話を聞きつけた別の知人が、ジェシーに買うことを勧めた。両方の意見を聞いたジェシーは本心をオーナーに打ち明け、購入したいと告げた。しかし、その返事は驚くものだった。

「オーナーは、まずマックイーン家にオファーするべきだと考えており、私も同意しました。今、知っていることをそのころに知っていれば、もっと焦っていたでしょうが……」と、ジェシーは2005年のできごとを振り返って笑う。 だが、マックイーン家でもジェシーでもない第三者が購入に興味を示し、この人物が車を買う流れになりつつあった。

その時、ジェシーはエンジンとトランスミッションに懸念があると、以前にオーナーから聞いていたことを思い出した。これらのリビルドには少なからぬ出費を覚悟しなければならないので、判断するためにメカニックに診断させ、見積もりを取ることにした。「私がオーナーに心配事を伝えると、彼は私にキーを渡し、『持って行け』と言うのです」

「点検を終えてオーナーの家に戻りました。これまでの会話はすべてドライブウェイで行われました。このような話を誰かの家の中でするのはあまりよくないですからね。初めて家の中に踏み入れた時、スティーブ・マックイーンがVサインをしているポスターが壁に貼られていました。オーナーは『ええ、映画のポスターですよ』といったのですが、彼が『ル・マン』だと教えてくれるまで、私はなんの映画かもわかりませんでした。なにしろ私はその映画を観たことありませんでしたから」

部屋に入る前にジェシーは911を譲ってほしいと切り出し、オーナーはこれを承諾すると、車に関する大量の書類を出してきた。「実際、その書類がなんなのか分かっていませんでした」とジェシーは告白する。マックイーンは車に関するすべての資料を保管していたのだ。

塗装の塗り直し、ホイールのレストア、そしてウィンドウスクリーンの交換(そのため、映画で見られるステッカーが現在はない)、マックイーンの元を離れてから現在まで大きな変更はなかった。

そしてエアコン、革張り内装、窓のスモーク、マフラ
ースカート、電動サンルーフ、アルミホイール、ブラウプンクトのAM/ FM米国対応ラジオ、マニュアルアンテナ、そしてドライビングライトは、すべてマックイーンが追加したオリジナルのままだ。



日曜日の早朝、マックイーンの911でLAの街をドライブしながらジェシーは「映画のビデオも買いましたよ。最もアイコニックな911だという人もいます。これは今でもスティーブの車で、今後もそうあるべきだと私は思います。面白いことに、最近元のオーナーに会いました。彼は笑いながら『元の価格と、その後に負担したコストを払って車を返してもらうとしたら、どう思うか?』と聞いてきました。私は『丁重にお断りしますが、心に留めておきます』とお答えしましたよ」。

マックイーンの"ル・マン911" を日常に使うことはもうなくなった。ヨーロッパを発ってからはずっとロサンゼルスにあったが、今日の交通事情の中で運転するのはリスクが大きすぎる。しかし、毎週日曜日、日の出前にジェシーはグレーの911でフリーウェイを20マイルほど走らせている。

ジェシーを助手席に乗せ、早朝のLAの道を走らせ、店舗のウィンドウに映る911の姿を眺める。自分が運転席に乗り、窓枠に花を飾ったフレンチレストランが見えた気がした。教会、そして花を買う美女も出てきそうだ。そして東を指す道路標識には「ル・マン 5・・・・627マイル」と書かれていたように思えた。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)  Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Nigel Grimshaw

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