ナンバーが付いたポルシェのスーパーカー│911 S/Tをスウェーデンから英国へ

Photography:Gus Gregory



トメリラを出るとすぐ、殺人的なアップダウンのついたラリークロスのサーキットがあり、それを通り過ぎる頃には、これからの2日間を過ごすS/Tの「本当のところ」が把握できた。内装はいたって簡素で実用一辺倒だ。ドライバーの注意を削ぐものは一切ない。ドアの開閉はコードを引くだけ。レザーシートは、低く配置されたスポーツ仕様なのだが、その割にはホールド性において少々ピリっとしたところに欠ける。だが、艶光りしているその様子から見ても、たぶんオリジナルと思ったのだが、不思議なことにファクトリーの書類には、部分的にレザーを使用したシートだったことになっていた。
 
エクステリアは素晴らしい。だがよく見ると大きな欠点がある。写真を見て、ホイールアーチの外にタイヤがはみ出しているのに気づいた人もいるだろう。太すぎるのだ。その逆にステアリングホイールはずいぶんと小さい。MOMOのプロトティーポだから、シェブロンの2リッターレーシングカーだったら最高の仕事をするのだろうが、911には小さすぎるような気がする。私なら、ひざ上のスペースを犠牲にしてでも、もっと力強くかつ繊細な操縦のできる大径のものを選ぶのだが。
 
西へ向かう道は、ゆるやかな緑の丘や暗い松林の間を縫って進んでゆく。ガードレールも多く、スパの旧コースが思い浮かんだ。耳もつんざけんばかりにフラットシックスを全開にしてみたい誘惑にかられる。だが速度規制は厳しいし、ビョルン・ワルデガルド(1979年世界ラリー選手権の年間王者)を気取っても、スウェーデン警察が大目に見てくれることはないだろう。



仕方なく5速に入れ、
「つまらない仕事をさせられている」と言わんばかりの単調なエンジンサウンドで我慢することにした。その状況が突然一変した。道が何の前触れもなく複数車線のハイウェイになったのだ。この道は、スウェーデン空軍の仮設滑走路として造られたもの。有事の際は、標的になりやすい常設の飛行場から離れたこの場所を、短距離での離着陸が可能なサーブ製航空機の滑走路として使用するのだ。

果たしてここは地元エンスージアストのたまり場になっていると見え、スポーツカーや古いボルボが急に増えてきた。気が付けば私たちがサイド・バイ・サイドで走っていた相手はアウディR8だった。
 
日が沈んだ頃に、この旅で最初の橋があるマルメーの郊外に着いた。海峡を渡る橋が今回の旅の特徴だ。これから渡るデンマークの国土は、おおざっぱに言うと2つの大きな島とその間の小さな島の3つからなり、それぞれが橋で結ばれている。まず東端にある大きな島がシェラン島で、首都のコペンハーゲンもこの島にある。次の小さな島がフュン島、一番西が国土の大部分を占めるユトランド半島だ。
 
橋の料金所に並ぶと、強いライトの下でS/Tのボディが妖しい光を放った。アイドリングでも競争馬のように鼻息が荒く、燃え切っていない炭化水素のにおいが辺りに充満する。混合気が濃すぎるのは明らかだ。それはミドルレンジから急加速した時にも感じていた。ジョシュは眉をひそめて、インジェクションのセッティングについて何かぶつぶつとつぶやいている。今にもスパナをつかんで調整に
取りかかりそうな気配だ。
 
スウェーデンとデンマークを結ぶエーレスンド橋は、海峡の半ばにある人口島ペウオホルムまで続いており、そこから先は海底トンネルになる。実に印象的な建造物だが、宵闇の中を走ると一層幽玄で美しい。夜になりきる前の群青色の空と暗い海とがひとつに溶け合って、911の窓一杯に広がる。
 
時折、もやの向こうから38t積みのトレーラーが現れる。対してこっちは小さなカエルだ。バンプで揺れるヘッドライトをウィンク代わりに、一瞬で抜き去る。やがて海底トンネルへと飛び込んだ。ほかの車の姿はなく、頭上の照明の列が果てしなくどこまでも続いているように見える。昔、画面の奥に向かってひたすら走り続けるコンピューターゲームがあったが、まるでその世界に入り込んだかのようだ。トンネル内では無意識にスピードが落ち、時折シフトダウンしてペダルを踏み込むことになる。そのたびに耳をつんざくような轟音が虚空に響き渡った。

編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation:Shiro HORIE 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Adam Towler 

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