ナンバーが付いたポルシェのスーパーカー│911 S/Tをスウェーデンから英国へ

Photography:Gus Gregory


 
その夜は、コペンハーゲン郊外の閑静な地区に宿を取った。S/Tは歩道脇で一夜を過ごしたが、私たちと同じように、近くを通る貨物列車の音に何度も眠りを妨げられたことだろう。翌朝はそのお返しとばかり、冷えたエンジンを高らかに吹き鳴らして夜明けと共に出発した。そのサウンドを住民が楽しんでくれたかどうか。歩道沿いに並ぶ最新の高級ドイツ車とはまったく異質の存在だったことだけは間違いない。これで、赤いフックス製アロイホイールを履いたタイヤがはみ出してさえいなければ完璧なのだが……。この部分は、スウェーデンに来る以前の負の遺産だ。それまでの20年間については今も調査が行われているらしい。ニールセンが入手した時には、ボディカラーは白で、RSと同じホイールアーチとフロントエアダムを装着していた。

つまり、2.7RSのゆ・・・るいレプリカだったのだ。ニールセンはレストアの過程で部分的にS/Tスペックに戻したが、タイヤとアーチには手を付けなかった。ヒストリー次第ではあるが、新しいオーナーは完全なナローボディに戻してもいいし、もしグループ4に参戦していた証拠が見つかれば、その仕様に戻してユニークなワイドアーチのS/Tにすることもできる。何ともうらやましい悩みだ。
 
そんなことをぼんやり考える時間があったのは、雨のコペンハーゲンでラッシュアワーの渋滞につかまったからだ。ほかの車に取り囲まれると、とにかく小さく見えるS/Tだが、まったく進まない間にも燃料をどんどん消費していく。2.2がベースであるから、タイプ911ギアボックス、すなわち1速が下にあるドッグレッグパターンだ。あとで郊外の広々とした道を走った時にはその恩恵にあずかったものの、渋滞の中では訳が違う。クロスゲートの1速と2速を往復しなければならないので面倒この上ないし、ニールセンは硬いショートシフトリンケージを取り付けていたから、なお始末が悪い。
 
西へ進むにつれて天候はますます悪化し、水しぶきの向こう側は変化のない景色が続いた。次の海峡にたどり着き、大ベルト橋を渡ってフュン島に上陸する。ここで私は、右へ曲がって北へ向かう道を取った。回り道にはなるが、もうこれ以上の退屈には耐えられなくなったのだ。高速道路での強行軍でも意外に快適性の高い車なのだが、本来の目的に合った走りをさせてくれとS/Tに懇願されては聞かないわけにはいかない。幸い、カーテミンデを抜けてその先まで続く海岸沿いの道は、

この911についてさらに深く知るのに絶好の環境だった。このS/Tは、バトルをしたくてうずうずしているといった風情だが、本来ならもっとクリーンな走りができるはずだ。今のサスペンションのセッティングでは、一般道での走行には硬すぎるのである。そのため、轍の深い道などを高速で走り抜けると、どこへ飛んで行ってしまうかわからず、片時も気を抜けない。だが、そんなスタビリティをもってしても、大きく心を奪われたのが駆動系の素晴らしさであった。

スロットルペダルに対するエンジンのレスポンスがいかに鋭いかを自慢するスポーツカーメーカーは多い。だが、このS/Tの場合、自分の足の神経が直接スロットルリンケージにつながっているのではないかと思うほどの反応の良さなのだ。
 
エキスパートの推測はこうだ。この車は1tに満たない。だから、尻をチクリと刺激してやるだけで車が前に飛び出す。頭で考えた瞬間にもう加速しているような感覚だ。これには病みつきになった。しかも、そのたびに豊かなエンジンサウンドが容赦なく車内にあふれるというおまけまで付いているのだ。

現代のポルシェにこの音は出せない。人工的に加工したり増幅したりした音とは違う。途切れることなく高まる音色は、MP4ファイルにして取っておきたくなるほどだ。
 
雨はとうにやんでいたのかもしれないが、真新しい舗装がぬれて黒光りしているのを見ると、頭の中でニュルブルクリンクのピットレーン警告音が鳴り響き、逸る気持ちが少し抑えられる。それに、黙って隣に座っているジョシュは、ドライバーとしても相当の腕の持ち主だから、その目の前で恥はかきたくない。

編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation:Shiro HORIE 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Adam Towler 

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