設立から100年近くが経つサーキット│ブガッティ・クラブ・フランス 50周年記念イベントを振り返る

Photography:Tomonari SAKURAI

Autodrome de Linas-Montlhéry。パリから車で40分ほどの所にあるサーキットだ。何とも日本語表記がしにくい地名でネットで探してみてもいくつかの読み方がある。リナ・モンレリ、リナ・モンテリ…このMontlhéryは発音が難しい。耳で聞く分にはモネリとも聞こえる。とりあえず、モンレリとしておこう。

ここは1924年に建てられたサーキットで、1933年にシトロエンのロザリー&"La petite Rosalie”が134日かけて30万キロを走破した。106の世界記録、191の国内の記録を塗り替えたのがこのサーキットだ。オーバルコースだったため最高速度を出しやすく、開設後に立て続けに最高速度の新記録がでた。そのため、このサーキットに多くの挑戦者が訪れたようだ。1939年にはアルファロメオ3リッターで238.897km/hを記録。戦後1953年には2CVが12時間の平均速度を90.96km/h、24時間で85.02km/hを含む9つの世界記録を生んだのもこのサーキットだ。


サーキット走行を終え、ピットレーンに入った瞬間に煙を吐き出した一台。この時はこのドライバーはその事態に気が付いていない。

一時期はル・マンのように公道を併用して、12.496kmというクローズドサーキットにもなっていた。現在では当時のすり鉢コーナーを含んだ3.4kmのコースで残されている。1996年に le Grand Prix de l’Âge d’or(黄金時代のグランプル)が開催され、国内ではルマン24時間、フランスGPについで3番目に大きなイベントとなった。しかしその後このサーキットで開催する主催者が出なかったため、これを最後に本格的なレースの開催が途絶えてしまう。一時期は閉鎖の危機に陥ったが、昨今のヴィンテージブームで賑やかさを取り戻したのだ。

年間で10を超える大きなイベントの他、パリ近郊ということもありドライビングスクールや、カーメーカーの試乗などにも使われている。今回の写真はこのサーキットで行われているAutodrome Heritage Festivalから2017年にブガッティ・クラブ・フランスの50周年記念イベントを行った。1930年のブガッティType37とType 13 Breciaから1990年のEB110までが集まった。それらのブガティ達がこのサーキットを埋め尽くしたのは圧巻だった。サーキット走行が終わるとクラブスタンドに戻り、オーナーや関係者たちで賑わった。フランスのクラブだが、ベルギーのナンバーをつけたブガッティも見かけられた。


ブガティ・クラブマン・フランスのスタンド。2017年のこの年はクラブの50周年を祝うイベントとなった。


2シーターのブガッティ。でもちょっと窮屈そう。

クラブスタンドに展示されたブガッティには1927年にベルギー国王とエットーレ・ブガッティが試乗した電気自動車のプロトタイプも展示された。このサーキットでは車やオートバイのイベント・レースが年に数回。特にこの時期5、6、7月には目白押しといった感じだ。下手すると毎週ここに通うっていたなんてこともある。パリに近いこともあり、イギリスからの参加車もおおい。思えばこのサーキットが誕生した黎明期の頃、車のスピード制限が厳しくレースの開催が難しい英国人が押し寄せていたという歴史がある。


1927年に作られた電動カーのプロトタイプ。エットーレ・ブガティとベルギー国王レオポルド3世が試乗したそのモデル。

この時期は午後10時になっても日が落ちきらず明るい。コースに響き渡るエグゾーストノーツをBGMにバーベキューをしたりするフランスの夏。今年は静かな夏になってしまって残念である。

文:櫻井朋成 words: Tomonari SAKURAI

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