日本の軽自動車市場に革命をもたらした!マツダが生み出した小さなクーペ

mazda,RM Sotheby's

マツダは2020年に創業100周年を迎えたが、最初の乗用車が正式に発売されたのは1960年のことであった。その乗用車は軽量化かつ小型で安価だった。それ以上に重要なのは、R360が日本の自動車界に大きな一歩を踏み出したことだ。この小さなクーペは、マツダの軽商用車の原点を離れ、革新的なロードカーの未来の礎を築いただけでなく、急成長する日本の軽自動車市場に革命をもたらしたのである。

この奇妙で素晴らしい車のカテゴリーは、1949年に車の大衆化を行うために導入された。日本政府は、メーカーが小型で効率的かつ安価な車を作ることを奨励するために、一定のサイズとエンジン容量の範囲内に収まる車には、運転許可と税制上の優遇措置を設けた。排気量は当初150ccに制限されていたが、1955年に360ccに引き上げられた。



マツダによると、1960年5月の発売日に4500台以上の注文を受け、初年度は2万3417台を販売したそうだ。その年の軽自動車販売台数の3分の2を占め、一夜にして日本の自動車市場全体の約15%を占めるという快挙を成し遂げた。なぜR360はヒットしたのか?それまでの軽自動車は、非常に遅く、運転の楽しさとは程遠い存在だった。マツダは、スバル360などと同じカテゴリーでありながら、できるだけ軽量で運転しやすい車の製造を目指していた。そのため、R360はモノコック構造を採用し、ボンネットはアルミニウム製、スライド式のサイドウィンドウとカーブしたリアスクリーンにはプレキシガラスが使用された。乗車定員は4名であったが、後部座席は非常に狭く小さな子供のための座席だ。

R360には空冷356ccのVツインエンジンがリアに搭載された。一般的な2ストロークエンジンとは異なり、洗練された質素な4ストロークエンジンで、16馬力を発生した。アルミニウム製のシリンダーヘッドとマグネシウム合金製のトランスミッションケースが採用され、重量を380kgに抑えたことで約90km/hでの走行が可能だ。軽量であることはもちろんのこと、R360の運転を楽しませるための鍵となったのは、トレーリングアームとミニのようなゴム製のスプリングセットを組み合わせた独立懸架サスペンションと、ダイレクトラック&ピニオンステアリングである。



1962年には、358ccの4気筒エンジンを搭載したフル4シーターのキャロルが発売された。これがさらに人気を博し、最終的にはベビークーペの需要を奪ってしまった。R360の生産は1966年まで続いたが、1969年までは特別注文モデルとして販売されていた。好調なスタートを切ったものの、生産終了時には販売は低迷し、総生産台数は6万5,737台となった。

R360は軽自動車に革命をもたらしただけでなく、その巧みなデザインと軽量化の思想は、今後何十年にもわたってマツダの自動車の方向性に影響を与えた。日本以外ではニッチな存在だが、時代を先取りした設計、軽自動車、日本のクラシックカーを愛する人にとっては、他に類を見ない存在だろう。


バイヤーズガイド
◇購入する車両
世界には数多くの車が存在しているが、R360を見つけるには日本が一番だろう。ほとんどの車はレストアされており、1万5000~2万ポンド(約210~280万円)で購入できるが、程度の良くない車両に関しては1万ポンド(約140万円)程度で購入できる。ただし送料と輸入税が別途かかることを念頭に置かなければならない。アメリカでは販売されていなかったが、在日米軍兵士のために作られた左ハンドル車が数台生産された。 その一部はアメリカに輸出され、現在ではコレクターが保有している。 それらの個体が市場に出回った時には4万ドル(400万円)以上の価格となることが予想される。

◇何に注目すべきか
R360はシンプルな構造なので整備がしやすく、走行ギアに問題が生じることはほぼないだろう。日本のオークションサイトでもパーツが見つかることが多いが、できればトリムやガラスの状態が良い車を優先的に探すべきである。2段オートマティックトランスミッションは日本初のものだったが、かなり性能が制限されてしまうためマニュアルトランスミッションを搭載した車両の購入を推奨する。

文:Matthew Hayward  訳:具嶋慎一

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