悲劇を乗り越えた最愛のカウンタック。9万4000キロを共に走り続ける「宝物」

T. TSUJII

この記事は『レストア途中のカウンタックとの運命的な出逢い!30代で手にしたLP400S』の続きです。


2012年11月11日の朝。ツーリングに向けて家を出た数分後に、なんと居眠り運転の対向車が車線をまたいで辻井さんが運転するカウンタックの目の前に迫ってきたのだ。なんとか避けて正面衝突は免れたものの、対向車は右のフロントフェンダーからドアをこすり、リアオーバーフェンダーに当たり、右リアタイヤ部分は足回りごともぎ取られてしまった。



そこから2年半におよぶ修理・レストアがスタートした。このLP400Sの前オーナーが世界中からパーツを集めてくれ、在庫がないものについては自身がスペアとして持っていたものを譲ってくれたという。メインフレームが無事だったことと、大きなパーツであるリアのフェンダーパネルが見つかったことは不幸中の幸いとでもいうべきだろうか。







しかしオーバーフェンダーはパーツが入手できず、辻井さんと一緒にレースをしていた仲間が型を作りワンオフで製作。フレーム、足回り、ボディの修理も彼が担当してくれた。パーツがあったものについても、簡単に「ポン付け」できるわけではないため、その職人が加工して取り付けてくれた。





外装の板金塗装はまた別の職人の手によるものだ。購入前にこの個体をレストアしてくれた人で、自身もカウンタックに乗っていたことがある、とてもこだわりのあるスペシャリストだ。この人物のまわりに初期型のLP400Sがもう1台あったため、細かいボディラインなどを何度も確認しながら仕上げてくれたそうだ。







「パーツ集め」「フレーム、足回り、ボディ修理」「板金塗装」それぞれの分野の3名のスペシャリストの手によって、2年半のレストアが完了したのは2015年4月28日。偶然にもその日はフェルッチオ・ランボルギーニの誕生日だった。



レストア完成を祝して乾杯

修理・レストアに伴いエンジンを降ろす必要があったため、この機会にエンジンのオーバーホールもおこなったという辻井さん。これは前述の3名のスペシャリストとはまた別のスペシャリストに依頼した。このように人の輪と情が繋がっていくのは、車趣味の醍醐味ともいえる幸せな好循環だといえよう。









2015年に無事に復活したLP400Sと辻井さんの暮らしはいまも続いている。北は山形、南は鹿児島までも自走で行くという辻井さんの年間走行距離は約8000~1万キロ(エンジンオーバーホール後、コロナ禍前)。納車時は3万キロちょっとだったオドメーターが、いまでは12万4870キロということは、辻井さんはこのカウンタックと約9万4000キロを共に走っていることになる。

2018年に鹿児島を訪れたときのショット

2015年5月:ノスタルジックカーフェスティバル長野

2015年9月:カウンタックミーティング

2017年6月:ノスタルジックカーフェスティバル名古屋

走行距離を伸ばさないようガレージにしまい込むのではなく、月に2~3回はドライブに連れ出してツーリングやイベントに出かけている辻井さん。2018年7月には高速を走っている時に急にアフターファイヤーが発生してスピードが出なくなったこともある。パーキングエリアに入って確認すると、エンジンの左バンクが全部ダメ(左バンク側のマフラー出口の煤がアフターファイヤーで全部焼けてなくなっていた)になっていたそうだ。しかし、それをきっかけに勉強しながら自分でできる範囲でキャブ調整や点火時期調整をやるようになって、オーバーホールした頃よりも調子が良くなり、今まで以上にLP400Sに愛着がわいたという。

2017年10月:ランボルギーニ・デイ東京

2018年7月:スーパートロフェオ

2018年9月:スーパーカーミーティング(山形)

2019年には、突然バキッという音とともにクラッチがつながり勝手に動き出し、それ以降クラッチが切れなくなり、自宅まで約50kmの道のりをクラッチが切れないまま自走で帰ってきたこともある。これはミッションケースから出ているクラッチレリーズレバー(だと思われる)が折れていたそうだ。

2020年10月:富士山

2020年12月:Octane Touring

文:オクタン日本版編集部 写真:本人提供

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