幻の「5台目」が完成、その真価は?|フェラーリ330LMBプロジェクト【後編】

Photography:Sam Chick, Tim Scott, Scott Pattenden


伝統的なフェラーリスタイルで、キーを回して押し込む。スターターが凄まじい勢いでほんの1秒回転すると、点火してゆったりとしたリズムに落ち着いた。静止中でさえ、250より滑らかで洗練された印象だ。そっと発進してからも、その印象は続く(クラッチは330にしては素晴らしく軽い)。たとえ思い切り踏み込んでも、とびきりトルキーなユニットなので、3リッターのコロンボより滑らかで従順に感じられる。カムプロフィールはLMB仕様に変更されているにもかかわらずだ。ステアリングも軽くダイレクトだが、乗り心地に純血種のレーシングカーのような荒さはない。わずかばかりの防音材や内装に、これほどの効果があるとは驚くばかりだ。

ギアボックスの使い心地にも舌を巻く。一般には、オリジナルのLMBは4段だったといわれている。しかし、一部のスペシャリストはノンシンクロの5段だったと主張する。この車は、330 GTシリーズ2のシンクロ付き5段ギアボックスを、アッティリオと弟子のサムが見事にリビルド(フォークとハブは新品に)して搭載している。いかに音を立てずに変速するかに挑戦するのでもない限り、失ったものはなく、得たものは多い。ツーリング向けの洗練さが加わったからだ。その効果は、速さが2段階あるワイパーや、手動で操作もできる追加の最新式ファンを上回る。

シフトレバーのタレットと止め金は芸術品。

それでいて、パンチにも不足はない。電子イグニッションを備えたことでスパークが安定しており、2気筒ごとに装着するキャブレターには長めの新しいプランジャーを装着して、混合気が薄くなるのを防いでいるので、パワーデリバリーは全回転域でタービンのようにスムーズだ。ただし、最高出力は400bhpに上り、車重は950kgにすぎないから、軽々しく扱うことはできない。

ウェバー42の6連キャブレターは白紙から製作した。

当時、フランスで行われたLMBのシェイクダウンで、マイク・パークスは176mph(283km/h)をたたき出したといわれているが、それも容易に信じられる。大半のモデルよりロードカー志向が強いとはいえ、競技生まれの1960年代フェラーリと同じように、この車には二面性がある。製作でもセットアップでも滑らかさを執拗なまでに追求しただけに、鞭打たれたときの250ほどの野性味はないが、かといって275ほど切れ味が鈍いわけでもない。ドライバーがGTからスポーツカーへと気持ちを切り換えれば、喜んで応えてくれる。それでもやはり、何より驚かされたのは荒々しさより使い心地のよさだった。私がこれまでにドライブしたツールオート出走車両の中ではベストかもしれない。

実際には、本物のLMBは4台で、質の高いレプリカが1台知られているにすぎない。だが、ステアリングを握って受ける印象は、まるでLMBが5台に増えたかのようだ。ベルは狙いを見事に達成したといえるだろう。だが、こうした車の価値はそれだけに留まらない。私は、ウェストフィールド社のロータス・イレブンのレプリカを所有していたくせに、時にレプリカには懐疑的にもなる(要するにオーナーの意見に完全に同調しがちなのだ)。そうした私は、この車のコンセプトを冷笑するのか、それとも受け入れられるのか。実際にドライビングし、目にした経験からいえば、疑問の余地なくすべての点で合格だ。それでも、こうした車の場合に最大の障壁となるのは、純粋に感情的なもの、自分ではコントロールしようのない直感的な反応である。



私は満面の笑みを浮かべてステアリングを握りながらも、啓示が訪れるあの瞬間を待っていた。右に鋭く曲がったときだ。シャツの袖口が腕のほうにわずかに滑り、手首の光るものがちらりと目に入った。それはロンジンの腕時計、コンクエスト・ヘリテージで、サンレイ・シルバーと呼ばれる真珠光沢の文字盤も、ゴールドの針とインデックスも、いつものことながら魅惑的に輝いていた。私は腕時計マニアではまったくないが、長い歳月の霧の向こうに消えた何かの理由で(おそらく父が兵役でシンガポールに赴任したのがきっかけだろう)、我が家の男子は全員、初代のロンジン・コンクエストを所有している。私にとっても自分のコンクエストは何よりの宝物だ。だから20年近く前、真夜中に中東の空港で、ロンジンが現代版のコンクエストを発売したことを知ると、日常用にするため、すぐに飛びついた。これで心配や罪悪感なしで、まったく同じ喜びを味わえる。

ここには抗いがたい類似性がある。私の現代版ロンジンは、それ自体で最高に美しいタイムピースであり、昔ながらのやり方でしっかり作られている。見た目で欺いているといわれれば、そうかもしれない。だが別の見方をすれば、その本質はオリジナルとまったく同じ。別の時代に生まれたアナクロニズムというだけだ。私が出した結論は、もうお分かりだろう。

330 LMBの特徴的なシルエットが完璧に再現されている。間違いなく、あらゆる面でGTOより洗練されているが、大幅におとなしい車でないことは床まで踏み込んでみれば分かる。

1964年フェラーリ330 LMBリクリエーション
エンジン:3967cc、60°V 型12気筒、SOHC、
軽合金ブロックおよびヘッド、ウェバー製 42 DCNキャブレター×6基
最高出力:371bhp / 7500rpm
変速機:5段オールシンクロメッシュMT、後輪駆動
ステアリング:ウォーム&ローラー
サスペンション(前):不等長ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、
テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、
テレスコピック・ダンパー
ブレーキ:ディスク 車重:950kg 最高速度:約 280km/h


編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵
Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA
Words:James Elliott Photography:Sam Chick, Tim Scott, Scott Pattenden

伊東和彦 (Mobi-curators Labo.)  原文翻訳:木下 恵

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