海上におけるヨットの王者が「陸上におけるヨットの王者」に

Emirates Team New Zealand / America’s Cup

「アメリカズカップ」は1870年から続くヨットレースの最高峰である。さらに遡ること19年前、イギリス・ロンドンで開催された第一回万国博覧会の記念行事としてロイヤル・ヨット・スコードロンが主催した“ワイト島一周レース”に端を発する。

海洋国であった英国の快速艇が一堂に会するこのヨットレースに、当時は“新興国”だったアメリカから1隻だけ参加したのがニューヨーク・ヨットクラブに所属のする101ftスクーナー「アメリカ」号だった。そんなアメリカ号が圧倒的な速さを見せつけ優勝し、ビクトリア女王から下賜された銀製の水差し状のカップが「アメリカ」号のカップ、すなわち"アメリカズカップ"と呼ばれることとなった。

後にこのカップがニューヨーク・ヨットクラブに寄贈されたわけだが、アメリカ号のオーナーたちは“いかなる挑戦も受けるべし”という内容の証書を付けた。これにより1870年、英国艇 「カンブリア」がアメリカに乗り込み勝負を挑んだのが第一回の「アメリカズカップ」となった。

36th America’s Cup presented by PradaAmerica’s Cup Match - Race Day 7Emirates Team New Zealand (C) ACE | Studio Borlenghi

そんなアメリカズカップ・・・、つまりはヨットレースの最高峰の勝者として3度の防衛戦を死守し、現在もチャンピオンに君臨しているのが「エミレーツ・チーム・ニュージーランド」である。勝者ゆえに余裕があるのか、なぜか陸上におけるヨット、ランドヨットでも記録樹立に挑むことになった。



ランドヨットは車輪の付いた車体に帆を設置し、風を帆に受けて陸上を移動する乗り物。ランドヨットという“響き”の通り、“地上のヨット”である。そもそもは、砂漠や氷上における移動輸送手段として開発された。ヨーロッパでは馬車の安価な代替手段として帆をつけた大型の荷車が舗装道路で利用されていた時期があるし、アメリカでは塩湖での輸送手段として利用されていたという。

エミレーツ・チーム・ニュージーランドが新記録の樹立に挑んでいたのは、「ランドヨット最高速記録」だ。2009年にイギリス人、リチャード・ジェンキンスが打ち立てた202.9km/hという最高速記録は実に13年もの間、誰にも破られたことがなかった。そこでヨットの王者、エミレーツ・チーム・ニュージーランドが立ち上がった。

世界記録への挑戦は、NALSA (North American Land Sailing Association) または FISLY (International Land and Sand Yachting Federation) による厳しい検証プロセスを経なければならない。そして、計測条件は以下の通りだ。
・標高1m以内の平坦な自然の地表でセーリングしなければならない
・記録走行は人力によるプッシュスタートのみ
・記録更新のためには既存の記録を時速1マイル以上(1.6km/h)、そして3秒以上上回らなければならない(時速204.5km以上×3秒)

エミレーツ・チーム・ニュージーランドは自分たちのヨットを開発・設計するエンジニアを結集して、「ホロヌク」号を完成させた。ホロヌクは、ニュージーランドの原住民の言葉で“大地を素早く滑る”という意味。なお、最高速トライアルに挑むランドヨットの帆はヨットのものとは違い、布製ではなく「翼」と呼んだほうがいいかもしれない。その高さは約14mにもおよぶ。風を受けると飛行機の翼が揚力を生み出すように、推進力を得る。翼や車輪の軸受けに使われる金属部品を除くと、ほぼ全てにカーボン複合材料が奢られている。

ホロヌクを操縦するのは、エミレーツ・チーム・ニュージーランドのクルーの一人で、3度のアメリカズカップ防衛を経験しているグレン・アシュビー。セーリング競技の選手でオリンピック銀メダリスト、4クラスにおいて17回の世界チャンピオンにも輝いている人物だ。早い話、風向きを読み、風を捉えるプロフェッショナルである。



去る12月11日、最高速チャレンジに挑んだ場所はオーストラリア南部、アデレードから北西に約440km離れた「ガードナー乾湖」。湖の長さは160km以上、幅は48kmで、場所によっては1.2m以上の厚さの塩が積もっている。そんな場所で、風速22ノット/h(日本流に記すと風速約11m/秒)のなか、なんとエミレーツ・チーム・ニュージーランドは222.4km/hという新記録の樹立に成功した。



海上におけるヨットの王者は、「陸上におけるヨットの王者」というタイトルも手に入れた。エミレーツ・チーム・ニュージーランドの勢いはとどまるところを知らない。次は何にチャレンジしてくれるのか、ワクワクさせてくれる。


文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)

文:古賀貴司(自動車王国)

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