まだアルピナを味わったことがない人にこそ薦めたい、BMWアルピナB8グランクーペ

Takaaki MIURA

正式社名は、「アルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン有限&合資会社」。ここであらためて少しアルピナについて解説しておくと、BMW社との長年にわたる信頼関係のもと(資本関係はなく、あくまで独立企業として)BMWモデルを独自の哲学で仕立て直しているれっきとした自動車メーカーだ。年間生産台数は、SUVなど車種ラインアップが拡大したいまもわずか2000台前後。フェラーリやベントレーだって年産1万台を超えるこの時代にあって、あえて大幅な増産体制を敷くことなく、1965年の創業以来コツコツと車を組み上げてきた。

アルミホイールのセンターキャップに描かれたエンブレムに目を凝らせば、左側にキャブレターのエアファンネルが、右側にクランクシャフトが配置されている。BMWをベースにチューニングを施し、高性能車をつくりあげてきたその象徴といえるものだ。しかし、意外と知られていないのが、ボンネットやトランクには、アルピナではなくBMWのエンブレムが取り付けられていること。これはアルピナ社の車に、BMWがお墨付き(保証)を与えているという証。だから正式なブランド名は“BMWアルピナ”なのである。



今回の試乗車は、BMW8シリーズのLCI(ライフサイクルインパルス)、いわゆるマイナーチェンジに伴いアップデートされたBMWアルピナB8グランクーペだ。

エクステリアでは、ドアを開けると光り輝くアイコニックグロー付きのキドニーグリルと、新デザインのエアインテークを採用。ボディサイズは全長5090mm×全幅1930mm×全高1430mm、ホイールベースは3025mmと、フラッグシップにふさわしい堂々たるもの。フロントスポイラー中央部には「ALPINA」のロゴが配されており、控えめながらもアルピナであることをアピールする。バンパーのエアインテークは、ベースモデルに比べて大型化されているが、デザインのためではなく、あくまで空力や冷却性能を高めることを狙ってのものだ。

インテリアでは、コントロールディスプレイはこれまでの10.25インチから12.3インチへと大型化された。インフォテイメントシステムはBMWに準じたもので、最新のナビゲーションをはじめ、BMWドライビング・アシスト・プロフェッショナルなどの運転支援システムももちろんフル装備する。またステッチにまでこだわったステアリング、メリノレザーのシートやレザーで覆われたダッシュボード、クリスタルが用いられたシフトノブやiDriveコントローラなど、アルピナ独自の細部へのこだわりが見て取れる。





パワートレインはBMWのN63系4.4リッターV8ツインターボに、トランスミッションにはZF製8速ATを組み合わせる。駆動方式は4WDだ。ベースモデルである「M850i」が最高出力530PS、最大トルク750Nmであるのに対して、ターボチャージャーのレスポンスと冷却性能を大幅に強化することで、B8グランクーペは、最⾼出⼒621PS、最大トルクは800 Nmにまで高められており、最大トルクをわずか2000rpm から発揮するようチューニングされている。



ちなみによく比較の俎上に上がるBMW のMモデル、M8 Competition グランクーペは、最高出力625PS、最大トルク750Nmを発揮する。サーキット志向のMモデルは最高出力を重視し、グランドツアラー志向のアルピナは最大トルクに重きを置くというMとアルピナの棲み分けがここでもしっかりとなされている。

エンジン始動時のサウンドは重厚感がありつつもボリュームとしては至って紳士的なものだ。アクセルペダルに力をこめると、アイドリング領域からエンジン回転数がわずかに高まるだけで、瞬時にトルクの波が押し寄せる。さらにペダルを深く踏み込めば、0―100km/h加速 3.4秒というスーパースポーツカーの顔をみせる。ちなみに巡航最⾼速度は324 km/h。これは瞬間的な速さではなく、ドイツのアウトバーンで現実的に巡航可能な、真の意味での実用性能を意味するものだ。

独自のチューニングが施された8速ATは、シフトショックなど一切感じさせず、素早くスムーズに変速していく。アダプティブ‧ダンパーを備えたサスペンションには、ベースのBMWにはないコンフォート‧プラスからスポーツ‧プラスまで、さまざまな走行モードが用意されている。スポーツモードなどを選べば、コーナーの進入時にブレーキを踏むと自動でブリッピングをして適切なギアに落としてくれる。



通常走行時はコンフォート‧プラスで、変速はATまかせが心地いい。アルピナは伝統的におおげさなシフトパドルは装備せず、ステアリングの裏にスイッチトロニックというボタンを用意するのが常だった。しかし、このB8にはオプション設定されることになったようで、試乗車には真っ黒なシフトパドルがさりげなく備わっていた。実はこれもアルピナ独自のアルミニウム削り出し品というから、さすがのこだわりだ。



駆動システムはBMWの「xDrive」をベースに、リアにリミテッドスリップデフを装着したシステムを採用。さらに、低速域での俊敏性と高速域での走行安定性を同時に高める後輪操舵のインテグレーテッドアクティブステアリングも装備する。前後の駆動力配分の制御に違和感を覚えるようなことはまったくなく、ハンドリングはひたすらにニュートラル。ミリ単位のステアリング操作でドライバーの意志のとおりにコーナーを曲がっていく。

足元には、アルピナ伝統のデザインであるアルピナクラシックの21インチホイールを装着。これにフロント245/35、リア285/30サイズのピレリPゼロタイヤが組み合わされていた。フロントタイヤには走行時における車内の快適性や静粛性を図るPNCS(ピレリノイズキャンセリングシステム)を内蔵しているという。アルピナ独自のサスペンションセッティングの恩恵もあって、とてもエアボリュームの少ない21インチタイヤを装着しているとは思えないほど、滑らかにひた走る。



すでに発表されているように、BMWとアルピナの協力関係は2025年12月31日をもって終了する。現アルピナ社がこれまで約60年に渡って培ってきたエンジニアリングやノウハウが注ぎ込まれた“BMWアルピナ” がつくられるのは単純計算であと2年と少しである。もしまだアルピナを味わったことがないという人は、ぜひ味見(試乗)だけでもしておいたほうがいい。M8を買える予算があるのなら、わたしなら迷わずB8を選ぶ。


文:藤野太一 写真:三浦孝明
Words: Taichi FUJINO Photography: Takaaki MIURA

藤野太一

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事