「世界で最高のスポーツカー」というコルベットの使命を具現化させた、最新最強のマシン

Ryota SATO

昨今のシボレー・コルベットには「Z」が付く名称のモデルが様々ある。「Z51」、「Z06」、「ZR1」など… そもそもGMではエンジンには「L」、トランスミッションには「M」を、ブレーキには「J」を、サスペンションには「F」という記号が与えられていた。そして、これら“パーツ”を組み合わせたパッケージに対して「Z」という記号が付されていた。

Z06が初めて登場したのは2代目コルベット(C2)だった。当時、GMはアメリカ自動車製造者協会(AMA)の取り決めにより、“生命の危険をさらす”レース活動への直接関与を避けていた。それでも、どうしてもコルベットでレースに参戦したいオーナーたちの声に応えるために、「パフォーマンスパッケージ」というオプションを用意することになったのだ。このオプションはGM社内で「Z06」というコード名で呼ばれていた。

ただ、C2のパフォーマンスパッケージはZ06よりも“ビッグ・タンク”や“タンカー”の名称で親しまれていた。というのも、セブリングやデイトナのレースを想定して、通常よりも大容量の燃料タンクが搭載(後に、オプション設定となった)されていたからだ。そして、1963年に登場した「Z06」は、2001年までその名を潜めていた。

「Z06」がパッケージ・オプションのコード名ではなく“モデル名”として用いられるようになったのは、5代目コルベット(C5)からのこと。以後、全ての世代に用いられている。そして、マーケティング上の“ストーリー”として初代コルベットのチーフエンジニア、ゾラ(Zora:フルネーム:ゾラ・アンカス・ダントフ)の頭文字「Z」を取った、トリビュートであるかのように語られている。なお、GMは「ZORA」の商標登録をしているので、いずれ「ZORA」を名乗るスペシャルモデルの投入もあるかもしれない。

前置きが長くなったが、現行コルベットのZ06は従来の“レースにも参戦できるよ!”ではなく、“レースカー由来(C8.R)の技術をテンコ盛りにしたよ!”というモデルになって登場した。最大のポイントは「量産モデルとして世界で最もパワフル」と謳われる5.5リッターV8自然吸気エンジンである。ブロックやヘッドはC8.Rと同じもので最高出力は475 kW(646ps) / 8,550 rpm、最大トルクは623Nm(63.6 kg-m)/6,300 rpmを誇る。参考までにベースモデルのスペックに目をやると、6.2リッターV8OHVエンジンの最高出力は495hp/最大トルクは637Nmである。



C8.R由来のエンジン「LT6」は、クランクシャフトがフラットプレーンとなっている。2次振動の大きさがネックとされるが、カウンターウェイトを小型化できるとともに、バンク間の排気干渉がないためレスポンシブで高回転・高出力型のエンジンに仕上げることができる。開発にあたってはフェラーリ458イタリアの中古エンジンをeBayでポーランドから購入し、分解。目途がついたころには実車も購入し、F488も比較のために購入するも、官能評価のベンチマークとして458イタリアを買い直した、という逸話が残っている。

なお、アメリカ仕様では500kW(679ps)でマフラーエンドはセンター4本出し(中央2本はサイレンサー無しの“直管”)だが、日本仕様では両脇2本ずつとなっている。いずれも騒音規制に対応するための苦肉の策である。それでもコルベットZ06のエグゾースト音は鳥肌が立つほどの良音を轟かせるので、心配は要らない。



コルベットZ06はベースモデルに対してスプリングレートが30%引き締められ、サスペンションのブッシュ類は硬めのものが採用され、マグネライドのダンパーも引き締められている。ブレーキも大型化され、ダウンフォースも見直されている。すべてはサーキット走行のための改良である。ところが、“サーキット走行マシン”という響きから連想するような硬さを即座には認識させない。

コルベットZ06のドライビングモードは4つ(自分専用のセッティングが選択できる「Zモード」も含めると5つ)あり、エンジンを始動させるとデフォルトで「ツーリング」となる。始動時の目覚めこそどう猛なエグゾースト音を奏でるが、10秒もすればアイドリングは静かになる。走り始めると・・・、スパルタンさは微塵にも感じさせない。路面の凹凸を軽やかにいなしながら、フラットライドを維持する。路面の情報をドライバーに伝えながらも、不快な振動は皆無。

もちろん、ステアリングレスポンスやスロットルレスポンスは鋭いが、不必要なまでに尖った感じがしない。アクセルペダルを踏み込めばいつでも戦闘態勢に入るが、ゆっくり走らせれば快適そのもの。どこまでも、いつまでも走っていられるGTマシンのような雰囲気を感じさせてくれる。2725㎜というスポーツカーにしてはロングホイールベースであることが功を奏しているのだろう。複数県で勤務する人の高速移動車両として、コルベットZ06は新しい選択肢の一つになるのではないか、なんてことを想像した。



アクセルペダルは踏み込んだ分だけ、澄んだ金管楽器のような音色を轟かせながら8,600rpmまでリニアかつ力強く加速していく。イエローゾーンを差し掛かったあたりから、エグゾーストパイプ内が共振するのか若干のバイブレーションを感じるが、決して不快なものではない。シボレーの開発陣はフェラーリV8モデルを意識したことと公言しながらも、コルベットZ06のV8サウンドはフェラーリの甲高さを追い求めたわけではなさそうだ。既存の図太いV8サウンドを洗練させ、8,600rpmまで少しもの息切れを感じさせることなくヒュンヒュン回る。例えるならオーケストラではなく、マーチングバンドみたいなテンポの良さと分かりやすい賑やかな音を振り撒く。トンネルに入るたびに、シフトダウンして窓を下げてしまう…



スポーツモードにするとあらゆるハードウェアのレスポンスが鋭くなる。エグゾースト音はいっきに大きくなり、ステアリングホイールの些細な入力にも即座に反応する。ATモードに入れていると、8速デュアルクラッチはすぐに低いギアを選択しようとする。足回りもぐっと引き締められた雰囲気になり、路面からの入力を感じないわけではない。だが身体が揺さぶられるような不快な突き上げはなく、あくまでも路面情報をより分かりやすく伝えてくれる。



本来、文字通りサーキットでの使用を前提としたモードではあるが、トラック(サーキット)モードも試してみることにした。エグゾースト音に遠慮はなくなり、パワーデリバリーも鋭くなる。高速巡航でさえもATモードの8速デュアルクラッチはスポーツモードよりも低いギアを積極的に選択肢、4,000rpm~を維持しようとする。あからさまに違いを感じさせるのはステアリングレスポンスだった。「より鋭くなる」のではなく、パワーステアリングのアシスト量を減らすことで不必要にセンシティブな反応をしない、というセッティングになっているのだ。そして“重ステ”ほどではないが、操舵するには若干の腕力を要求される。メーターパネル内の表示項目はそれぞれのモードで異なるのだが、トラックモードでは「瞬間燃費」が大きめに表示されるのは耐久レースに参戦しているC8.R譲りだからであろうか?



試乗中、幸運(?)にもにわか雨に恵まれウエザーモードも試すことができた。エグゾースト音は静か(シボレーでは“ステルスモード”と呼ぶ)になり、スロットルレスポンスやパワーデリバリーもジェントルになる。濡れた路面でも、高速道路の繋ぎ目に持ちられる鉄製プレートの結合部分を通過しても、最高出力646psのハイパワーマシンの挙動に不安を覚えることは一切なかった。変速タイミングも早まり燃費を計ったわけではないが、エコ走行にもつながりそうだ。また、スポーツカーのワイルドさを怖がる人を助手席に乗せる際にも、街中を静かに走りたいときも、このウエザーモードは有用になるだろう。

今回の試乗車のエクステリアカラーでは、エクステリアの変更点は分かりにくいかもしれない。全幅はベース車よりも約10㎝ワイド化されフロントには20インチホイール、リアには21インチホイールを収めるために前後のフェンダーもワイド化されている。フロントマスクやボディ横のエアインテークは新たに追加されたラジエーターへの空気流入量を考慮したデザインに変わっている。すべてはコルベットZ06の走行性能を高めるために、だ。



唯一、ぱっと見てコルベットZ06だと分かる部分は、ドアのキャッチ部分に装着されるオーナメントの形状がベース車と異なることだが・・・、それも黒色だと分かりにくい。オーナメントはベース車ではドアの“縁”に配されているが、コルベットZ06ではボディのサイドラインにまで“食い込む”ものに変更されている。そして、「Z06」のエンブレムがボディのサイドライン下に装着されるもボディ同色ゆえにしっかり見ないと見落としてしまう、控えめなものになっている。





コルベットZ06に限らずコルベットはシボレー、ひいてはGMの底力を見せつけるもので、アメリカの誇りさえも感じさせてくれる。旧型モデル(C7)でFRの限界に達し、現行モデル(C8)からMRに移行するという大胆な選択をした。ロングホイールベースは高速安定性や乗り心地の向上のためだけではなく、来る脱内燃式エンジンに備えて様々なパワートレインを乗せるためのスペースとも考えられる。事実、ハイブリッド車(アメリカ名:Eレイ)の投入も決まっており、将来的には電気自動車の投入もあるかもしれない。

さて、このシボレーコルベット Z06 クーペ 3LZ、気になる車両本体価格は25,000,000円(消費税込)と発表された。なお販売台数が僅少のためコルベットZ06の販売は予約申し込み制となっている。

内燃式エンジンが終焉を迎えようとしている雰囲気のなか、様々なスポーツカーメーカーが自然吸気エンジンを捨てているなか、あえて自然吸気V8エンジンの傑作を生みだすべく挑んできたシボレーには僭越ながら拍手喝采を送りたい。その姿勢だけでなく、コルベットZ06という“結果”にもだ。「ポルシェ911GT3と比べてどう?」とよく聞かれるが、サーキット走行がメインでないかぎりコルベットZ06を推したい。




文:古賀貴司(自動車王国) 写真:佐藤亮太
Words: Takashi KOGA (carkingdom) Photography: Ryota SATO

古賀貴司(自動車王国)

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