時代の先を行き過ぎた? 内装も超個性的な「ブルベイカー・ボックス」

Evan Klein

時は2476年、地球は汚染と文明の崩壊によって荒廃していた。その荒れ果てた土地に、流線型の6輪の乗り物「アークII」が聖書に登場する科学者たち、ヨハネ(船長)、ルツ、サムエル、アダムを乗せた。彼らの使命は人類最後の痕跡を探し出し、新たな暗黒時代から脱却させることだ。ちなみにアダムは喋るチンパンジーであった…

アークIIは、1976年にアメリカで放映された低予算の青少年向けテレビシリーズのタイトルで、今となっては先見の明があったと思える“環境”をテーマにし1シーズン15話だけ放映された…、“駄作”である。アークIIはブルベイカー・ボックスを改造したもので、青少年だけでなく車好きの心をガッツリ掴んだ。

わずか28台が作られたのみ


ブルベイカー・ボックスの親であるカーティス・ブルベイカーは、驚くべきキャリアを歩んできた人物である。ビル・リアの初代リア・ジェット、8トラック・カセットプレーヤー、タッチスクリーン、触覚ボタン、ヘッドアップ・ディスプレイなどに携わってきた歴史がある。ブルベイカー・ボックスは1972年のロサンゼルス国際モータースポーツショーでデビューし数々の雑誌の表紙を飾り、一世を風靡した。ただ、人気を博したことと商売は必ずしも連動しておらず、わずか3台が生産され、25台のキットカーが販売されたにとどまった。

半世紀以上経った今、ブルベイカー・ボックスを見ると、なぜもっと成功しなかったのか不思議でならない。近未来的なルックスを差し引いても、面白いパッケージングである。写真で見ると結構なサイズ感だが、実際はコンパクト。まるでとトリックアートのようだ。というのも、フロアパネルやハードウェアはフォルクスワーゲン・ビートルからの流用であった。つまり、ボディサイズはビートルとほぼ一緒。



世間ではブルベイカー・ボックスの早期終焉は、フォルクスワーゲン側のせいだと言われている。というのも、フォルクスワーゲンはビートルの部品供給ではなく、完成車での供給を望んだからだ。フォルクスワーゲン・バスのライバルに成長することを恐れたからか、はたまた供給量の少なさから単に面倒だったのか、真相は今となっては分からない。



ブルベイカー・ボックスが生まれた背景には、サーフィンをする若者の間でフォルクスワーゲン・バス人気があった。そして、フォルクスワーゲン・バスとは異なるコンセプトで攻めることにした。フォルクスワーゲン・バスが車内空間確保のために“直立”した雰囲気であることから、なるべく“フラット”なカタチを追い求め、未来的なデザインが施された。

ボルトで組み合わされたグラスファイバー製のボディシェル、1枚の大型スライド式サイドドアを持ち、フォルクスワーゲン・ビートルのフロアパネルとシャーシの上に載っていた。また、他メーカーの部品を最大限、有効活用していた。例えば、フロントウインドスクリーンはAMCホーネットから、リアは70年代初期のシボレー・エルカミーノから、テールライトはダットサン521ピックアップから、サイドドアのプッシュボタンはダットサン240Zのリアハッチから、と流用品は玉石混交。フロントシートはほぼ全てのメーカーのものでも装着でき、今回紹介する車両のシートは'65~'66年型フォード・マスタングから流用されている。



カリフォルニアのサーファー・カルチャーにインスパイアされたブルベイカー・ボックスの特徴のひとつが、フロントとリアのバンパーであった。当時、サーフ・バンの“流行”であったニス塗りの木材で作られているように見えるが、実際には鋼鉄で補強されたグラスファイバー複合材で形成されている。安全性への配慮はそれだけではない。例えば、燃料タンクは傷つきやすいノーズ部分ではなく、シボレー・ヴェガのタンクを使って運転席の後ろに配置していた。



残念ながら、新車のフォルクスワーゲン・ビートルを購入し、ブルベイカー・ボックスに仕上げるには経済合理性がなかったが、3台だけは“完成車”として生産された。1台はアークIIシリーズ用にセミオープンのTバーを持つオフローダーに改造され“アーク・ローマー”と名付けられた。アーク・ローマーは、1971年型フォードCシリーズトラックのシャーシで製作した親機によって運ばれた。なお、番組打ち切りとともにアークIIは廃車処分されたが、ノーズ部分は後のSFシリーズで宇宙船として再利用されたそうだ。

オリジナルのショーカーが現存


2台目のボックスは、1973年に公開されたSF映画「ソイレント・グリーン」で、ほぼノーマルの状態で登場した。これはブルベイカーのオリジナルのショーカーであり、驚くべきことにフロリダの沼地で発見された後も現存している。現在は、カリフォルニアを拠点とするレストア会社「Driven.co」のパートナー、トモ・ブルームとデール・デイヴィスが所有しレストア作業を待ち受けている。

トモとデールは、ブルベイカーのボディパネル生産のための金型を所有しており今回、取り上げたボックスを既にレストアしている。このボックスは、カーティスが生産中止を宣言した際に生産を引き継いだオートメッカという会社が主にキット形式で販売した25台のうちの1台で、ブルベイカーの投資家であるマイク・ハンセンが所有していたもの。

子供の頃、「カー・アンド・ドライバー」の表紙をポスターにして寝室の壁に貼っていたときからブルベイカー・ボックスに夢中だった、というトモは「フロリダにブルベイカー・ボックスが存在している」という情報を入手した。状態は悪かったが、いくつかのディテールからカーティスが手掛けた3台のうちの1台かもしれないと思い、カーティスに確認してもらったところお墨付きを得た。つまり、子供の頃に憧れ、ポスターにした被写体そのものであったのだ。来年までには元々のブルベイカー生産チームの協力を得てレストアする予定だという。

ブルベイカー・ボックスに試乗


ブルベイカー・ボックスの最も先鋭的なデザイン上の特徴は、助手席側の片側開きドアである。ドアを後ろにスライドさせると、ドライバーは助手席を横切るようにしてシートに収まる。ブルベイカー・ボックスのシフトレバーが短めなのは、乗降性を考慮してのこと。



車内に一歩足を踏み入れると、空間の広さに目を奪われる。ドライバーの背後には燃料タンクを隠すパッド入りの横向き“オケージョナルシート”があり、後部座席の右側にはボディシェルの内側と同じ赤いベロアで縁取られた巨大なオットマンがある。ブルベイカー・ボックスのオーナーがここに寝転び、足を上げて煙をくぐらせながら、サイドドアを開けた状態で海辺の音や景色を眺めながら芳醇なひとときを楽しむ姿が容易に想像できる。



大型のフォルクスワーゲン製スピードメーターが1つだけ収められた広大なダッシュボードは、新車時はアイスボックスが収まっていたようだ。今ならビルトイン冷蔵庫やエアコンが収まりそうで、ブルベイカー・ボックスの密閉空間を快適に仕上げられる可能性がある。助手席は回転するキャプテンチェアか、ベッドとして使えるフルリクライニングチェアにしたいものだ。これにベロア・トリム、8トラック・カセットプレーヤー、ヒッピー全盛期に“お約束”の毛足の長いカーペット、ビールがたっぷり入ったクーラーボックスを組み合わせればパーティー・ワゴンの出来上がりだ。



運転は簡単ではない。アクセルペダルは大きすぎるし、ブレーキの踏み込み位置は高く戸惑う。事実、今回の撮影において廃棄物の山に突っ込みそうになってしまった…。1600ccのビートル・エンジンは、かなり軽快な走りを見せてくれる。エグゾースサウンドも馴染みのものだ。今でも十分、実用性に富んでいると評していいだろう。

トモとデールは新しい世代の若者たちがブルベイカー・ボックスを楽しめるようにキットカーとして再登場させたいと考えていたが、今のところ需要が足りない、と分析している。現存する数少ないボックス(約21台、コンディションはさまざま)は今年7月、オンラインオークションサイト、eBayにて6万8900ドルで落札された、にもかかわらず、だ。そのため当面は、既存オーナーに新しいボディパネルを提供することに専念するつもりだという。

ほぼ同世代のフォルクスワーゲン・ベースのデューンバギー、マイヤーズ・マンクス(9月28日発売の『オクタン日本版Vol.43』に掲載予定)がBEV仕様のオプション付きで再登場した今こそ、ブルベイカー・ボックス復活の時も近いように思う。目を見張るようなレトロなルックス、日常の足としての実用性、そしてBEV仕様ならエコ・フレンドリーという究極の組み合わせが実現する。ひとつ確かなことは、ボックスはバッテリー搭載スペースには事欠かないということだ。


編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation: Takashi KOGA (carkingdom)
Words: Mark Dixon Photography: Evan Klein

古賀貴司(自動車王国)

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