「油断したら噛みつかれるのさ」マセラティ450Sはモデナの最強兵器!【前編】

Nick Lish

かのスターリング・モスにさえ畏怖の念を抱かせたマセラティ450S。期待と不安を胸に、マーク・ソネリーがそのステアリングを握った。



450Sは、耐久レースにおけるマセラティの頂点であり、同時に、太陽に近づきすぎて墜落したイカロスのような存在でもあった。「いつかドライブしてみたい」と、私は故スターリング・モス卿に話したことがある。もう24年前の話だが、声にならない叫びを上げたモスの強烈な反応を思い出すと、興奮が冷めて気が引き締まる。450Sはちょっとした猛獣なのだ。

アメリカに棲む450S


私たちはアリゾナ州フェニックスの南、砂漠地帯に位置するエイペックス・モータークラブにいる。パワフルなマシンに試乗するのに、落ち葉の舞い散る湿った秋のオルトンパークでないことが幸いだ。ここは素晴らしい施設で、路面は滑らかで乾いていることが嬉しい。

パドックで450Sが待っていた。曲線を描くファントゥッツィのボディには美とパワーが同居し、シビエのヘッドライトがミュルザンヌ・ストレートを渇望するように前方をにらんでいる。エンジンベイはすっきりと整理され、巨大な塊の上にはダウンドラフト・ウェバー45IDMの大きなファンネルが屹立する。トランクには見事な仕立てのアロイ製燃料タンク。

その下には、がっしりとしたデフと、これをまたいで1個の横置きリーフスプリングと細いアンチロールバーを装着する。大径のフィン付きブレーキドラムはインボードに位置する。 私はまず運転席に立つと、シートに滑り込んだ。直立するドライビングポジションになるが、操縦する分には好都合だ。後ろに寄りかかってはいられない。指先で操るようなマシンではないのである。最初のオーナーが注文した中央配置のスロットルペダルは、うれしいことに、とうの昔に通常のレイアウトに交換済みだ。



ギアレバーは左側にある。美しいクロームのゲートは刻みが浅めで、1速は左上に位置し、うっかりリバースに入れないように安全レバーもある。ダッシュボードは見事にシンプルで、左から順に、シャシープレート、油圧、回転、水温の3個のイエーガー製メーターが並ぶ。次がイグニッションキー、右端はとりわけ重要なディストリビューターとマグネトーのスイッチだ。





ラップベルトを締めたら、いよいよ始動する。まずディストリビューターとマグネトーのスイッチを入れ、燃料ポンプが動くのを待ってから、スロットルペダルを2、3回踏む。イグニッションキーを押し込むと、すさまじい咆哮がとどろいた。

初めのうちは多板クラッチの操作に手こずった。ステアリングはがっしりしており、低速でもパワーとトルクの強大さが伝わってくる。ただし、巨大なブレーキドラムがまだ冷えていて、片効きしてあらゆる方向に引っ張られる。幸い、速度と共に自信も高まってきた。

ギアチェンジはずっしりと重いけれど、シフトアップは快感だ。バックストレートで高回転域まで引っ張ると、V8が怒声のような轟音を上げ、猛烈な勢いで疾走していく。コーナー手前でブレーキングすると、450Sは身もだえしたが、ありがたいことにギアシフトは稲妻のように動き、素早いブリッピングでどんどんシフトダウンできる。といっても、ギアをいくつも落とす必要はない。強大なトルクがあるからだ。コーナーの立ち上がりでそれを実感しながら、再びパワーオン。すると今度はリアが流れ始めた。これでは、オルトンパークで濡れた落ち葉の上を走るのと変わらない。少しリフトオフして落ち着かせる。いったん立て直せば路面をとらえ、高速のS字もほとんど挙動を乱さずに駆け抜けた。

2速のヘアピンの出口では、リアタイヤが待ちきれないというように流れて、逆を向きそうになる。そうはさせじと、わずかにリフトして立て直す。これは、いわゆる俊敏なマシンではない。ドライバーが仕事をする必要がある。とはいえ、この車のメカニックによればトルクカーブは 4500rpmから5500rpmまでフラットなので、電光石火の立ち上がりが可能だ。

二度目のバックストレート。今度はさらに回転を上げる。空母から飛び立つジェット戦闘機さながらだ。決死の覚悟で踏み続ける。感覚的には140mphだが、ストレートは短いし、ギア比が非常に低いから、実際は100mphにすぎない。だが、これほど生々しい100mphがあるだろうか。高回転域ではギアボックスの金属音がエンジン音と張り合うほど大きくなる。このミサイルでミッレミリアに挑み、アドリア海沿いのストレートを190mphで飛ばすことを想像すると、くらくらしてくる。



周回を重ねるうちに、ブレーキドラムも温まって片効きもなくなった。この車の挙動は正直で公明正大、裏表がない。高潔な相手との真剣勝負といってもいい。こちらが敬意を払い、愚かなミスを避ければ、牙を剥くことはない。かつてのトップドライバーたちは、これをコーナーへ放り込み、全開で立ち上がった。才能豊かなデイビッド・スウィグ(現オーナーに代わって、このシャシーナンバー4504をレースで見事に使いこなした)は、こう証言する。「とにかく頑としてターンインしない。一番いい反応を示したのは、ダートトラックのドライビングテクニックを使ったときだ。放り込んで、スライドしながら立ち上がるんだよ」

ただし、コーナリング中に弱気になってはいけない。スライドしている途中でリフトしたら最後(デイビッドは一度やってしまった)、まっすぐ突進してしまうのだ。「本当に恐るべきマシンだという証拠だよ。油断したら噛みつかれるのさ」

ジャン・ベーラやファンジオ、ジム・ホール、ダートスプリントでも活躍したロイド・ルビーなど、450Sの首根っこを押さえ込むことを愛したドライバーもいる。だが、モス卿をはじめとする他のドライバーは違った。私は必要な敬意と警戒心を持って臨んだおかげで、450Sと踊って無事に生還できた。だから今こうして、その物語をひもとくことができるのである。

V8マセラティの源


マセラティのティーポ54こと450Sの物語は、誕生までの序章が長かった。それは1954年に始まる。マセラティは直列6気筒を搭載した300Sの開発を進めながらも、総合優勝を狙うなら、今後はさらに大型の武器が必要だと感じていた。しかし、1955年にル・マンで起きた惨事によって、スポーツカーレースの将来が不確かとなったため、計画は中断した。

再開のきっかけは、アメリカのトニー・パッラヴァーノがインディアナポリス用として4.2リッターのエンジンを希望したことだった。これは実現しなかったものの、あるV8エンジンが形を成した。それはバンク角90°のシリンダーブロックの上に、ギア駆動のカムシャフトを4本配置したDOHCで、排気量は4477ccだが、拡大の余地がたっぷりあった。ヘアピン型バルブスプリングを採用し、巧妙なローラー式フィンガーフォロワーを使っていた。これを搭載するため大型のシャシーが用意され、フロントはダブルウィッシュボーン式、リアは横置きリーフスプリングで吊ったド・ディオンアクスルとされた。苛酷な使用に耐える新型のギアボックスをヴァレリオ・コロッティが設計し、ディファレンシャルと一体化して搭載した。1956年春にベンチ試験を始めたところ、このエンジンは激しい振動でバラバラになりかけた。

このとき、名高いエンジニアのジュリオ・アルフィエーリは32歳だった。マセラティに加わったばかりで、功を焦って自説を主張するあまり、技術部門の上層部、コロッティとグイド・タッデウッチと衝突した。当時、技術者として働いていたエルマンノ・コッツァは次のように話す。

「マセラティ会長のアドルフォ・オルシは、アルフィエーリに自由裁量を認めていた。しかし技術オフィスでは、シャシーとギアボックス開発の責任者だったコロッティと、エンジン開発の責任者だったタッデウッチが、オーナーの信頼と評価を勝ち取っていた。どのファミリーでも起きることだが、この二人とインジェネェーレ・アルフィエーリの間に摩擦が生じた。二人は、アルフィエーリは力不足だと考え、自分たちのプロジェクトへの干渉を認めなかった。コロッティとアルフィエーリは、既に250Fの開発の頃から緊張関係にあった」

新V8は、アルフィエーリが提案した点火順序では正常に動作しなかったため、旧勢力は、より伝統的な点火順序を採用した。こうして、その時点でマセラティ史上最もパワフルな究極のパワーユニットが産声を上げたのである。これをテストベンチで動かすと、「ファクトリーの壁を超えて遠くからでも聞こえた」と、名ジャーナリストのデニス・ジェンキンソンは記している。

コッツァはこう回想する。「(テストドライバーの)グエリーノ・ベルトッキに加え、ジャン・ベーラもちょうどファクトリーにいて、サーキットで何度もテストを重ね、デビュー前に公道でも試した。そして、クリシャンスタードで行われたスウェーデンGPでファンジオがテストを実施した」


【後編】に続く

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵
Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation: Megumi KINOSHITA
Words: Marc Sonnery Photography: Nick Lish
取材協力:Dyke Ridgley, Ermanno Cozza, Fabio Collina, Willem Oosthoek, Jean-Francois Blachette, Alan W, Apex Motor Club.

編集翻訳:伊東和彦

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