英国王室の御料車をテストドライブする|デイムラー・リムジン【後編】

Andy Morgan

この記事は「英国王室・エリザベス王女の最初の御料車|デイムラー・リムジン【前編】」の続きです。



今は私がこのベークライトの大径ステアリングホイールに向かい、レザーシートに収まる番だ。パワーアシストのないウォーム・アンド・ローラーのステアリングは当然ながら重く、発進時は特に重い。ただしわずか1200rpmで発生する190lb-ftと並外れて強力なトルクがある。また、デイムラー社は1930年代からフルードカップリングとウイルソン特許のプリセレクター・ギアボックスを高級車とバス・トラックなど重車両のすべてのモデルに採用していたので、クラッチとスロットルを駆使する必要はない。ステアリングコラム上に前進4段、ニュートラルとリバースを示す1/4円の表示板がある。2番目を選択してから、左足のクラッチの位置にあるチェンジペダルを蹴ってエンゲージ。徐々に着実に加速してセレクターを3速に移し、左ペダルを踏み込んでシフトを行い、スロットルを戻す。

フルードカップリング 4速トランスミッションを制御するステアリングコラム上のプリセレクター表示。

車重の割には路面振動も少なく、気にならない。後輪のアクスルは通常では見ないほど適切な箇所に配置され、比較的洗練されたサスペンションが路面の凸凹を抑え込んでいる。その間のエンジン音はわずかな息づかいほどのハミングにすぎない。乗り心地は満足のいくもので、この車の時代を考慮するなら、驚くほど洗練されているといえる。後席はくつろいだ空間で、特にパワーデビジョンを上げれば、低い機械的ざわつきは遠く静かになる。着座位置はリアアクスルの真上になるが、上下動はミニマムで印象としてはターマック舗装路に絡むというよりは上を漂っている感じだ。



ロイヤルデイムラー


『AUTOCAR』誌が嘆いて(?)いたが、今日でもデイムラー社が高性能のOHVエンジン車を長年製造してきたことを忘れている人がいる。デイムラーは滑らかさと静粛性を得るために複雑なスリーブバルブ式エンジンを採用したほどだが、この静粛性を求める伝統は、DE27でも変わらない。滑らかさと静粛性を兼ね備え、高性能から安全性に至るほとんどの要求を満たした戦後のモデルを代表する優れた設計であり、デイムラーのパンフレットにある「絶対的な性能」を体現している。フーパーの手になるスタイリングについても非の打ち所がないと私は思うが、フィリップ殿下の意見は違っていたかもしれない。殿下なら巨大なDE36に感銘を受けただろうし、国王ジョージ6世も正にそうだった。

外見に反してアリゲーター式開閉のボンネットと厳格な4.1リッター OHV直列 6気筒エンジン。

1947年の南アフリカへのロイヤルツアーでは、国王ご一家は4人揃って彼の地に3カ月滞在され、列車と車を使って当時のバストランド、南ローデシア、スワジランド、南アフリカなどの植民地や保護領を回られた。この時、南アフリカに持ち込まれたのはデイムラー・ストレートエイトDE36のパレード用コンバーチブル(State Royal Review Vehicle)とランドーレットの2台のみだった。行く先々で大歓迎を受ける一家はほとんどをオープンボディの後席で過ごされ、エリザベス、マーガレットの姉妹の定位置は2列目の従者用オケージョナルシートだった。国王はすぐに2台のフーパー製ストレート・エイト・ランドーレットを注文、帰国時に納車された。

フィリップ殿下は後に、デイムラーの“姿勢のよいスタイル”と、貴族の雰囲気に閉口されたのもしれない。これらのデイムラーは、ロールス・ロイスが生産したどの車よりも高価で印象的だった。デイムラーDE36は英国で販売された最後の直列8気筒エンジン車で、1953年の生産終了まで216台が製造された。英王室だけでなくアフガニスタン、エチオピア、モナコ、オランダ、サウジアラビアでも使用され、また日本の上皇様は皇太子時代の1953年、エリザベス女王の戴冠式に出席のおりにDE36リムジンを持ち帰られ、使用された。DE27は、ハイヤーや救急車としても使用され、1951年に累計205台で生産を終了した。

輸出か死か


前述したように、ロールス・ロイスはエリザベス王女が戴冠する2年前の1950年に念願の王室納車を果たす。すなわち戦前から生産を止めていた同社のフラッグシップ、ファントムの復活であった。発注者はエリザベス王女夫妻であり、これはロールス・ロイスが大戦後に組織改革を進め、レイスのベントレー版たるMk.Vをベースにして、さらに強力なエンジンを組み合わせて開発した車の速さにフィリップ殿下が熱狂したためとわれている。だが、実は女王にはさらに深いお考えがあった。

戦後、英国は戦勝国ながら戦費による経済の疲弊が深刻で「輸出か死か」のスローガンのもと、国民一丸となって外貨獲得に励んだのだった。女王はロールス・ロイスの新進性が“格式や伝統を理解しない”外国への輸出品としては相応しいと判断され、自らがあえて使用することによってブランド力向上を図った。このことが奏功してロールス・ロイスは英国を代表する商品のひとつとなりえて今に至る。

そのいっぽうで、英王室自身は1950年以降も、特に格式が必要な場面では伝統のデイムラーを使い続けた。1953年のオディハム空軍基地における戴冠記念王立空軍閲兵式には、国王ご夫妻はDE36リムジンで到着されてからDE36のオープンに乗り換えられ、RAF最新のデハヴィラント・ヴァンパイア・ジェット戦闘機のほか、B29ワシントン爆撃機など300機が居並ぶ前で、1100人の将兵を閲兵されたのだった。国王ご夫妻が乗るDE36オープンを先導したのはランドローバーであり、これに通常登録番号のロールス・ロイスが続いた。 また、クィーンマザーことエリザベス王太后は、自身の専用車としてブラック/クラレットのロイヤルカラーに塗られた特製デイムラーDS420を最後まで愛用され、ロールス・ロイスは使用されなかった。



2002年以降は、女王の在位50周年記念に英国自動車製造者協会から贈られた、2台の再び伝統を覆すベントレー・ステートリムジンが使われている。エリザベス女王は生涯にわたって国益を大切に守られ、伝統に優先することを示されたことを考えればベントレーとは意外でもある。

女王が王女だった時代、ベントレーは「ドライバーのための車であって後席に乗るものではなく新参のロールス・ロイスともども、デイムラーの格式には遠く及ばない」と考えられていたことは、王室の伝統を語る上では忘れるわけにはいかない。デイムラーはまさに、英国王室の女王にふさわしい格式を持つ車だったのである。



1947 デイムラー DE27 フーパー・ステートリムジン
エンジン:4095cc、OHV、直列6気筒、SUキャブレター×2基
最高出力:110bhp/ 3600rpm最大トルク:190lb-ft/ 1200rpm
トランスミッション:ウィルソン式 4速プリセレクター、後輪駆動
ステアリング :マールズ製ウォーム&ローラー
サスペンション(前) :ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、ルバックス製油圧ダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):リジッド式、半楕円リーフスプリング、ルバックス製油圧ダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ガーリング製油圧/機械式ドラム、サーボアシスト
重量:2641kg 最高速度:81mph(130km/h) 0-60mph:8.7秒


編集翻訳:小石原耕作(Ursus Page Makers) Transcreation: Kosaku KOISHIHARA (Ursus Page Makers)
Words: Glen Waddington Photography: Andy Morgan

小石原耕作(Ursus Page Makers)

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