ピュアでシンプルな輝けるレーシングカー|美しき野獣、ポルシェ・カレラGTS 904【後編】

Tim Scott

この記事は「大成功を収めた鍵はグラスファイバー製の超軽量ボディ|美しき野獣、ポルシェ・カレラGTS 904【前編】」の続きです。



ここに掲載された写真を飾っているシャシーナンバー083は、その好例というべき1台で、現存するなかでももっともオリジナルの状態を比較的よく残した車両として知られている。1964年にフランスで販売された後、1965年から1968年まではコンスタントにレースに出場。ランス12時間、トゥール・ド・フランス・オート、クープ・デ・アルプ、モン・ヴァントゥのヒルクライム、ラリー・アルデン、ルーツ・デュ・ノルドなどを戦った。



1965年にはファクトリーに戻されて補修作業などを受けたシャシーナンバー083は、ここで改良型のシャシーと大幅に進化したボディが与えられたと考えられている。これによりボディ剛性が大幅に向上したシリーズ2は、ボンネットの中央に設けられた給油口、より明確になったカムテール・デザインなどによって見分けることができる。そして、これも当時はよくあったことだが、ポルシェはオリジナルの4気筒エンジンと駆動系を新たに製作したボディに移植し、これを別の車両として登録したのである。







レーシングキャリアを終えたシャシーナンバー083は、1971年にポルシェのスペシャリストであるマンフレート・フライジンガーの手に渡る。続く35年間、何人かのドイツ人オーナーの間で売買されたが、この期間はレースを戦わなかったと考えられている。同じ時期、ほかの多くの904がレースに参戦し、クラッシュを経験したり、限られた予算のなかでリビルドされたことを考えれば、この083号車はいい状態のまま保管されていたといっても間違いではなかろう。



また、グラスファイバー・ボディの904をレストアするには特別な困難がつきまとうのが一般的で、この車の場合も1990年代後半には何らかの作業が必要な状態となっていたものの、グラスファイバーのスペシャリストであるベルゲル・マンが、904の専門家からのアドバイスをもとにして見事なレストレーションを完遂したことは、極めて幸運な出来事だったといえる。

まるでスリットのように天地が浅いリアウィンドウ。

この美しい904がイギリスにやってきたのは2007年のことだった。これ以降、グッドウッド・リバイバル、トゥール・オートといった世界に名だたるイベントに姿を現すようになる。やがてアメリカに輸出されると、ブレーキ、サスペンション、ギアボックスなどがリファインされて車両のコンディションはさらに向上したが、アメリカでもレースに用いられたことはなかったという。そして2014年にはDKエンジニアリングの手で再びイギリスの地を踏むことになった。



ホモロゲーション取得のため計100台が製作された多くの4気筒モデル同様、この車両も6気筒エンジンにアップグレードされていた経歴がある。その主な利点は、フラット4とはひと味異なる美しいエグゾーストサウンドを奏でることにくわえ、オンロードとサーキットの両方でパフォーマンスと使い勝手が大幅に改善されることにある。シャシーナンバー083が最後に売却されたのは2022年のことで、このとき売り主のテイラー&クロウリーは、後世のことを考慮し、オリジナルマッチングのフラット4を添えて販売したという。

この083には、開発当初に計画されたフラット6が搭載されている。

かつてロバート・コウチャーがオリジナルの904/6をドニントンパークで走らせたときの模様を『Octane No.157』で紹介している。以下に引用しよう。

「スロットルペダルを少し踏み込み、ウェバーに燃料を送り込んでからフラット6を始動させる。そのサウンドはけたたましいが、サラブレッドの音色と称したくなるほど美しい。これこそ、世界最良のエンジンのひとつだろう。そのエネルギーはキャビンにまで溢れ出てくるほどだが、常にスムーズであることも忘れることができない」

「904/6にムチを入れると、フライホイールが極めて軽いこともあり、まるで自分がエンジンにそのまま括りつけられているような感触が味わえる。それ以外の質量は、一切、存在していないような気分に浸れるのだ。ラック&ピニオンのステアリングは驚くほど軽く、ダイレクト。この車は、思わず叫びたくなるほど速く、俊敏で、レスポンスがよく、シャープで、バランスがとれているのに情熱的な走りを見せる。ウェバーのバタフライが大きく開くとき、ポルシェは文字どおり生命を手にする。904/6はバランスの点でも扱いやすさの点でも初期の 911を大きく上回っている。そして、エンジン音はいささか大きいものの、極めて痛快なロードカーにもなりうるモデルである。操作系で唯一パーフェクトと言いかねるものがあるとすればギアチェンジで、これはシフトリンケージが長く曲がりくねっていることを考えればやむを得ないといえる」



1964年と1965年のモータースポーツ界でトップを走り続けた904は眩しいばかりに輝いていたが、ほかのレーシングカーと同じように、その期間はあまりに短かった。レースの世界の歩みは速く、904はさらに先進的な906に置き換えられたのだ。これは若き日のフェルディナント・ピエヒが初めて開発を統括した作品であり、より過激で、エアロダイナミクスは風洞で磨き上げられていた。つまり、904とはまったくの別物だったのである。

906に続く形で、美しく、より多くの成功を収めたスポーツレーシングカーが数多く生み出されたが、すべては904をきっかけにして始まったといっても間違いではない。その血統は、伝説的な917を経て、さらに多くの実りをポルシェにもたらした。ピュアでシンプルな904が美しいレーシングカーであることは疑う余地がないだろう。しかし、それとともに、これがひとつの足がかりとなって、ポルシェのモータースポーツ活動が大きく飛躍していったことも忘れるわけにはいかない。


1964/1965ポルシェ・カレラGTS 904/6
エンジン:1991cc、フラット6、SOHC、ドライサンプ、デュアル・インジェクション、ウェバー製トリプルチョーク46IDAキャブレター×2基、ミドシップ・マウント
最高出力:180bhp/ 7200rpm 最大トルク:160lbft/5500rpm
トランスミッション:5段 MT、後輪駆動 ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイル・ダンパー・ユニット、アンチロールバー
サスペンション(後):アッパーウィッシュボーン、ロワリンク、ラディアスロッド、コイル・ダンパー・ユニット、アンチロールバー
ブレーキ:ディスク、サーボなし 車重:675kg 最高速度/160mph、060mph加速:5.5秒


編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI
Words:Matthew Hayward Photography:Tim Scott
THANKS TO Taylor and Crawley Ltd, taylorandcrawley.com

オクタン日本版編集部

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