世界で最も長く続いた自動車の実験プログラム「メルセデス・ベンツC111」

1971年メルセデス・ベンツC111-II(Photography:Steffen Jahn)



コクピットは黒一色で合理的そのもの、当時のメルセデスとまったく同じだが、多くの円形メーターがダッシュ中央部からセンターコンソールにまで並んでいるのが特徴的だ。薄いバケットシートはチェック柄のツイード、ダッシュボードは黒いビニール素材、ドアとトランスミッショントンネルは分厚いトリムに覆われている。四角いダッシュボードは実用的で、ステアリングも4本スポークながら、当時のSクラスやSLよりは小径のようだ。ステアリングのリムはテープを巻いたレーシングカーのそれを模して型押しされていた。そう、かつてモスやファンジオが握ったあのタイプである。

バートルドは操作に慣れているので(一般的でないのは1速が左手前になるシフトパターンだけ)、まずはパセンジャーシートに座って見学することにした。ただしふたりとも5点式シートベルトを装着するのに手こずった。もともと実験車であること、そしてメルセデスの安全性に対する姿勢をうかがわせる装備だが、スペースに余裕はないのである。

エンジンはキーのひとひねりで目覚めた。背後からどんな音が聞こえるのか。ご存知のように、C111はまずトリプルローター、さらには4ローターの"ヴァンケル"・ロータリーエンジンが搭載されていたことで有名である。かつてNSU Ro80を所有していた私としてはちょっと残念だったが、背中からはV8エンジンの低い唸りとビートが伝わってきた。

C111プロジェクトのエンジン開発責任者だったクルト・オブランダー博士は、ヴァンケル・エンジンの問題をこう解説している。

「燃料噴射装置を備えた我々の4ローターエンジンは、この形式が達成しうる最高の結果を見せたと思う。マルチローター構造を採用すると吸排気ポートを周縁部に設けるペリフェラルポートが必要になる。我々はエンジン冷却と作動に関する課題を解決することができたが、この構造の最大の問題、つまり熱力学的な効率が低いという弱点はそのままだった。燃焼室の形状がコンパクトでなく長く伸びたものになってしまうために燃費が悪く、そしてそれよりも排出ガスの汚染レベルが受け入れられなかった。これは根本的な欠点だった」

それゆえに、コンパクトで素晴らしくスムーズに回るという長所にもかかわらず、メルセデスはロータリーエンジンを諦めなければならなかった。

一世を風靡したヴァンケル・エンジンはミュージアムに飾られ、メルセデスはこの車だけを走行可能なデモカーとして残した。これももちろん本物だ。C111にはあらゆる形式のエンジンが積まれたのである。この車の3.5リッターV8はさらに現代的な電子制御システムによって信頼性とエミッション性能を向上させてあるという。というわけで、本日の目的地はミュージアムではあるけれど、この車はそのまましまい込まれるわけではない。

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Glen Waddington Photography:Steffen Jahn

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