世界で最も長く続いた自動車の実験プログラム「メルセデス・ベンツC111」

1971年メルセデス・ベンツC111-II(Photography:Steffen Jahn)



車輪のついた実験室
私たちはシュトゥットガルトの朝のラッシュの名残の中へ乗り出した。目指すはウンターテュルクハイムから北東65kmほどのオーリンゲンである。美しいバーデン・ヴュルテンブルクの森や村々の中を曲がりくねった道が続いている地域だが、といっても景色を楽しみに行くわけではない。そこは実際にメルセデスの開発エンジニアたちが使う周回テストコースであり、かつても今も様々な大きさのコーナーや長いストレート、坂道や異なる路面、さらにはアウトバーンまでが実に都合よく組み合わされている。乱暴に言えば、小一時間ほどのドライブで車の隅々まで知ることができるというわけだ。

市街地を離れるにつれて交通量が少なくなってきた。他の車に乗っている人が、シュトゥットガルトの伝説の車を認めて合図を送って来る。C111は市販される計画はなかったが、第二世代のモデル(まさにこの車がC111-IIのシャシーNo.35だ)が展示された1970年ジュネーヴ・ショーでは小切手帳を用意して来場し、その場で記入した人もいたという。内装を見る限り、このまま市販しても何の問題もないはずだ。なにしろラジオすら備わっているし、ショーではC111専用のラゲージセットまで展示されていたのだが、結局は展示だけで終わった。

それはなぜか。C111は軽量コンパクトなヴァンケル・エンジンを前提として設計された車であり、それが無理と分かった時、元々の存在意義も消えてしまったのである。他にも理由はある。メルセデスは伝統的に安全性を非常に重視してきたが、1970年代までにはパッシブセーフティの思想が導入されていた。スーパーカーを求めるファン、とりわけ300SLの現代版と信じて小切手帳にサインしたお得意様をがっかりさせると分かっていても、グラスファイバー・ボディのC111が充分な耐クラッシュ性を備えているとは確信できなかったのである。

道は曲がりながら丘陵地帯を上って行くが、バートルドは楽々とC111を走らせている。高いギアでも低いギアでもV8エンジンはまったく平然とそれに応えている。C111は実に洗練されており、テストプログラムをこなすだけのためにワークショップで大急ぎで作り上げたという雰囲気は微塵も感じられない。バートルドが道端に車を停めた。いよいよ私の番である。

もう慣れたと思っていたのに、シートベルトを外すのにも手間取った。ガルウィングドアを引き下ろし、カチリと閉める。そう、正しいメルセデスのドアの音だ。これが「市販車ではない」とは信じられないだろう。すべてが論理的に正しくレイアウトされており、緻密に丁寧に仕上げられている。要するに同年代の200セダンの中にいるのと変わらない。外側はブルーノ・サッコの想像力が自由自在に暴れまわったものの、内側はメルセデスの伝統的な哲学を尊重しなければならなかったのかもしれない。

オーリンゲンまではもう少し距離があったのでドッグレッグ式5段マニュアルと昔ながらのストロークの長いスロットルペダルに慣れる時間は充分にあった。ミスシフト防止のために左手前のローに入れるにはプッシュボタンが備わり、リバースはローの上に位置する。驚くことに、ナルド・テストトラックで無数のワールドレコードを記録した車とは信じられないほど、C111は路上で扱いやすい車だった。

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Glen Waddington Photography:Steffen Jahn

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