英国の風格を賢く買うためにおすすめの1台│ベントレー Rタイプスポーツサルーン

Photography: Mark Dixon

ベントレーRタイプコンティネンタルは戦後のベントレーの中ではもっとも美しいといわれる、言わずと知れたアイコンだ。そしてもちろん大変高価でもある。これに引けをとらずエレガントで、もう少しお手ごろな選択肢を紹介しよう。それがこのスポーツサルーンだ。

エレガントな上流階級のアクセントで話す英国女性に出会うチャンスはどのくらいあるだろうか。控えめで地味な印象だが輝く瞳をもっていて、近寄ってよく見ると、彼女がより素敵なことに気づく。深窓の令嬢は何気なく話題を変え、実はクロスカントリー馬術のチャンピオンであり、趣味はスカイダイビング、またはドゥカティ888ストラーダで早朝の一走りを楽しんでいるのよ、なんておっしゃる。そんなおてんばさんだが好ましい。

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この、完璧なコンディションの1953年ベントレーRタイプスポーツサルーンはいかにも英国らしい車だ。スポーツサルーンという車種は、いわば英国固有のカテゴリーで、英国に数多いスポーツマンドライバーのために設計された生粋のパーソナルカーで、ショーファーの仕事場ではない。エレガントで保守的、そして、いや、むしろそれら全てを内包していて、しかも第一印象から想像するよりずっと奥が深い。



W.O.こと、ウオルター・オーエン・ベントレーは、1919年にベントレーモーターズを設立し、ライバルのエットーレ・ブガッティをして「ムッシュ・ベントレーの高速トラック」と言わしめた騒々しく巨大なマシンで、1924年から1930年のルマンで5回の優勝をものにした。このベントレーのワークスチームに画期的な勝利をもたらした"ベントレーボーイズ"たちは、多くが富豪の子息たちで、テストドライバー、パイロット、医者、金持ちのモータージャーナリストまでを含み、その情熱と魅力的なキャラクターが現代まで語り継がれている。

現代ほど情報の伝達が早くはなかった当時、ル・マンでの連続勝利はベントレーの高性能の大きな宣伝材料となり、スポーツ好きの上流階級に向けてのビジネスは順調に推移していた。だが、1929年のウォール街大暴落に始まる世界恐慌のあおりを受け、パトロンだった南アフリカのダイアモンド鉱山の倒産が引き金となって、ベントレーモーターズ社は1931年に経営不振に陥る。

当初、創業1895年の航空エンジンおよび車両メーカー、ネイピア&サンズ社がベントレー社支援のため合併の折衝に入ったが、土壇場でブリティッシュ・セントラル・エクイタブル・トラストと名乗る会社がネイピアの指値を上回る12万5000ポンドを封入入札し、落札した。 この、あまり知る人のいない会社は、実はネイピアとライバル関係にあったロールス・ロイスが、ネイピアとベントレーの合併を恐れ、これを阻止しようと偽名で敵対買収を行うための隠れ蓑だったのだ。

ロールス・ロイスは静かで洗練された上品な車を上流階級に供給する会社だったから、当時の社長であったアーネスト・ウオルター・ハイブスにとっては、ル・マンでベントレーに優勝をもたらしたベントレーボーイズはちょっと喧しすぎたのかもしれない。またハイヴスはスピットファイアー戦闘機のマーリンエンジンの航空技術責任者だったので、おそらくは鉄道技術者だったW.O.ベントレーを見下してもいたのだろう。吸収後ロールス・ロイスはWOを冷遇し、彼に何も設計することを許さず、そしてWOは1935年にラゴンダに去った。このストーリーは重要だ。なぜならベントレーは、ロールス・ロイス20/25をベースとしてロールス・ロイス社のダービーファクトリーで作られたベントレー 3 ½(ツインSUキャブレターなどで多少チューンされていた)を1933年に発表以降、常に「少しスポーティなロールス・ロイス」という位置づけに固定されたからだ。これがいわゆる「サイレントスポーツカー」の時代である。



戦後のベントレーMkⅥは、外貨獲得を目的とした輸出重視をとる国策の背景などもあり、それまでのベントレー、ロールス・ロイスの伝統を覆し、生産ラインで自社製のボディを架装した、直ぐに乗り出せる完成車「スタンダードスティールサルーン」として1946年に登場、その後Rタイプへと発展した。

Rタイプには、同年に発表された、シャシーを共有する「コンティネンタル」という超高級スポーツサルーンシリーズがあり、これはエンジンの圧縮比を高め、車重を軽減し、主にH.J.ミュリナー製の空力的なアルミ製2ドアファストバックボディをもつ、たいへん魅力的なグランドツアラーだった。このコンティネンタルシリーズに限っては、ロールス・ロイス版には存在しない純粋なベントレー専用のモデルだった。今日、生産台数のほとんど全て、約200台が生き残っていて、どれも1/2ミリオンポンド(およそ8400万円)の価値がある。

編集翻訳:小石原 耕作 Transcreation: Kosaku KOISHIHARA Words: Robert Coucher 

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