真のアヴァンギャルドを体現した前衛的な車とは?

PEUGEOT CITROEN JAPON

シトロエン100年の歴史において、前衛をまさに体現したのがトラクシオンアヴァンであった。もちろん、このあとに続く2CVとDSは、その独創性が世界中に知られる稀有な存在であるけれども、2台にはあとに続く者がなかった。設計哲学が影響を与えることはあっても、技術的には自動車産業のなかで主流にはならず、唯我独尊の存在だった。

2台とも「前衛的」という言葉が最もふさわしいにしても、それはどちらかというと前衛芸術というときの前衛で、実験的手法で常識を打破したというニュアンスがないだろうか。それに対しトラクシオンアヴァンは真の"前衛"だった。前衛はフランス語のアヴァンギャルドの訳で、もともとは軍隊の最前線部隊を意味する。

砲火にさらされながら陣地を切り開き(軍隊がすべて前進するわけではないが‥)、後には本隊やさらには国民全体を従えるというような存在である。トラクシオンアヴァンは、当時の最先端技術の集約であり、当時実用化されていなかった技術で構成されていた。それでいてそれらの技術は、その後の自動車設計の主流になるものばかりだった。自動車設計の主戦場で、とびぬけた最前線にいたのである。

 
トラクシオンアヴァンの技術は、例によって当時の自動車産業を圧倒的にリードしていたアメリカからもたらされたものが多い。しかし今回はヨーロッパで誕生した新技術も盛り込まれており、まさに欧米の自動車最新技術の集大成といってよく、その後数十年の自動車技術をリードした。革新性を信条とするアンドレ・シトロエンの真骨頂である。ただし彼はトラクシオンアヴァンの導入にともなう巨額な投資をしたことが原因で破綻し、失意のまま帰らぬ人になる。


 
採用した新技術としては、前輪駆動とモノコックボディがまず筆頭に挙げられる。前輪駆動が世界中に普及するのは1970年代のことだから、シトロエンはまさに40 年リードしたのだった。このふたつの技術は、全鋼製ボディの導入以来取引していた米バッド社が研究開発していたもので、モノコックボディの採用は、近代的大量生産車としては世界初である。このふたつを組み合わせることで、フレームレスかつプロペラシャフトのない軽量で低い車体が実現でき、生産工程のコストやランニングコストの点でも合理化される。だからこそその後のすべての自動車があとを追うことになるのだった。
 
前輪駆動には、操縦安定性の良さというメリットももちろんあった。重心の低さとあいまってトラクシオンアヴァンのロードホールディングの良さは際立っていた。このほか前輪ダブルウィッシュボーンやトーションバー・スプリングを用いたサスペンション、油圧式ブレーキ、ラック&ピニオン式ステアリングなど、ことごとく当時世界の先端を行き、かつその後の主流となる技術を採用していた。
 
アンドレ・シトロエンが、これほどの革新的モデルを投入した背景には、この頃にはライバルメーカーも進化して、シトロエン車の革新性が薄れてきているという焦りがあった。トラクシオンアヴァンがデビューする1934年頃は経済恐慌がどん底の時代であり、にもかかわらず巨額の投資をして、工場を建替え、破綻に追い込まれるのである。その後ミシュランが経営権を取得し、シトロエンの革新性に敬意を表しながら、その歴史をさらに進めることになる。
 
トラクシオンアヴァンは、新技術ばかりということもあり導入当初はトラブルもあったが、基本的にたしかな設計がなされていたため、その後適切に対処されて、市販車として成功を収めることができた。最初は7CVのモデルが発売され、7/11/22の3モデルが投入されることがアナウンスされていた。しかしV8エンジンを積む22CVはさすがに計画が中止され、それにかわって、6気筒の15 Sixが加えられることになる。戦後は11と15 Sixだけが残り、DSが登場するまで長く生産された。

少なくとも戦後、見た目は古くなったが、その中身の先進性は最後まで失われなかった。トラクシオンアヴァンは、逃げるギャングと追う警察の両方が使ったというのは有名な逸話で、そのロードホールディングの良さを物語っている。また、戦時中はパリを占領したドイツ軍にも車両が接収されたようだが、レジスタンスの車両として使われたことは語り草で、戦後はシトロエン社もそれを広告でPRしたりしていた。トラクシオンアヴァンは、車高が低いことを除けば一見平凡な佇まいだが、実に非凡な存在なのである。

文:武田 隆 Words:Takashi TAKEDA

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