派手なクラッシュで果たせなかったル・マン出場の夢 26R 後編

Photography:Paul Harmerv


 
マーティン・ストレットンは40年もの長きにわたって扱いの難しいヒストリック・フォーミュラワン・カーと取っ組み合っているのが日常の生活なのだが、だからといって金色のエランが好きでないということはない。それが証拠に彼はこう語っている。「この車は自分が手がける最後の車だといつも人に言っているんだよ。まわりの人たちは老後のために売るんだろうと思っているかもしれないが、自分では持っている車を全部手放したとしても、あるいは年のせいでメカがいじれなくなったとしても、この車があればそれで充分だ。ドライブしていると自然と笑顔になれる、そんな車なんだよ」
 
なんと素晴らしいIWRクーペ物語、というエンディングで締めくくってもいいのだが、実は話はまだ終わらない。2008年にイアン・ウォーカーは死去したのだが、それ以来息子のケヴィンは父の遺したものに尊厳を示すことのできる手段を探していた。最初に来たのが、ジュリアン・バルメが著わした著書、『The Man and His Cars』(ISBN 978 1902351476)の中でイアン・ウォーカー・レーシングを包括的に扱うという話。それがひとつ。もうひとつは自らが考案した企画で、すなわちケヴィンが現在進めているIWRエラン・クーペの復刻計画なのである。弟のショーンが以前に忠実なレプリカを作ってレースに参加したことがあるので、これが復刻第一号というわけではないが、現在すでに3台の注文が入っているそうである。

そのうちの1台はFIA認定のロールケージを備えた新造車にする予定で、それぞれ製作には1年を要するという。しかし、何より重要なのは製作に26Rの達人ともいうべきマイク・ロウリンが当たることである。ウィリアムズ&プリチャードが消滅したあと、一番の頭痛の種はボディワークをどうするかということだった。「私はこれまで1個のボディシェルを作るのに8万ポンド以上の費用をかけてきました。しかし今ではミッドランドの名職人が我々の仲間になってくれたので、事業を進めることができます。この計画は本の企画をいただいたあとに考えたものですが、父の遺産のいい活かし方だと思っています」


 
販売価格はノーマル26Rの現在の価格とほぼ同じ20万ポンドを予定しているそうだが、この額は最良の状態の160bhpエンジン費用2万5000から3万ポンドを含んでの総額である。彼が得るもうけはほんのわずかしかないという。

「本当はこの金額ではできません。でも父に関係したことですから、これでいいと思っています。父はメカニカルな作業はできませんでした。もし父がハンマーなど工具を持ったとしたらきっと大怪我をしていたでしょう。父のエンジニアとしての姿は幻想でしかありませんでしたが、車をセットアップする能力は素晴らしいものがあったんです。もし私がここでお金を儲けようと企んだならば、ストックのエランを買ってきてそれを26Rのスペックに改造したでしょう。ボディを金色に塗ってグリーンのストライプを入れればいいだけです。でもそんなことをしたって何の意味もありませんからね」
 
車の中でその言葉を思い返すと、IWRクーペがなぜスペシャルなのかわかる気がした。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:James Elliott 

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