ジェントルマン・ドライバーのためのレース GT3とベントレー

Images: Bentley Motors

もしW.O.ベントレーがいまも健在なら、彼はル・マン24時間よりもGT3レースへの支援をより積極的に行ったのではないか?私にはそんなふうに思えてならない。

GT3という名のレースカテゴリーは2005 年に誕生した。かつてはGT1やGT2も存在したが、自動車メーカー系チームを主役に据えたGT1やGT2はやがてすたれ、本来は脇役に過ぎなかったはずのGT3がにわかに脚光を浴びるようになった。
 
その理由は、ある意味でシンプルなものだ。GT3レースの担い手はあくまでもジェントルマン・ドライバーで、自動車メーカーはそのサポート役に徹しなければいけない。また、ベースとなるロードカーと技術的にかけ離れた存在となったGT1やGT2とは異なり、GT3はロードカーに近い技術で製作されることが義務づけられている。このため、本来であればロードカーが持つポテンシャルで勝敗が決せられてしまうところを、GT3 ではレース主催者が各マシンのパフォーマンスが拮抗するようにエンジン出力やシャシー性能を制限(これを性能調整=BoTと呼ぶ)することでこれを防止。こうした公平性が広く評価された結果、GT3レースの総本山というべきブランパンGTシリーズには世界の名だたる11ものスポーツカーメーカーがエントリーする活況を呈することとなった。



「W.O. ベントレーもGT3 を支持したのではないか?」と私が推測する理由は、ここにある。前述のとおり、GT3は技術的にロードカーと極めて近い関係にある。そしてGT3レースは、その代表的なチャンピオンシップであるブランパンGTシリーズが耐久レースを主役に据えていることからもわかるとおり、マシンの耐久性を重視する点に特徴がある。
 
これこそ、ベントレーが積極的にル・マン24時間レースに出場した意義、そのものではないのか?
 
1920 年代から30 年代にかけてのル・マン24 時間に出場していたのは、量産されるロードカーにほんのわずかなモディファイを施した車両がほとんどで、現在のようにレース専用に作られたマシンで覇を競う形態とは大きく異なっていた。そもそも1923 年にル・マン24時間が始まった当初、その主な目的は信頼性が乏しかった量産モデルの高速耐久性を衆目の前で実証することにあった。その点において、現代のGT3レースは当時のル・マン24 時間レースと極めて近い位置づけにあるといえる。2003 年にル・マン24 時間を制したベントレーが、2014 年からGT3レースに注力するようになったのは、したがって歴史の必然だったといっても過言ではない。
 
その前年、ベントレーはGT3レースへの参入を決定する。ベースに選んだのは、当時現役だった2代目コンチネンタルGT 。世界中の名だたる2ドア・クーペが参戦するGT3レースのベースとして、これ以上相応しいモデルもほかにないだろう。
 
そのGT3カーへのモディファイは、クルーに本拠を置くベントレー・モータースポーツと世界ラリー選手権(WRC)での活躍でお馴染みのMスポーツが協力してあたった。マシン開発に関する確かな技術力にくわえ、プライベートチーム勢の活動を長年見守ってきたMスポーツの経験を期待しての抜擢だったと推測される。
 
コンチネンタルGT3の心臓部たるエンジンには、特徴的なW12 6.0リッターではなく、より軽量かつコンパクトなV8 4.0リッターが選ばれた。GT3レースで必要とされるパワーであればV8 4.0リッターでも十分に発揮できるうえ、軽量コンパクトなV8 4.0リッターであれば車両全体の重量バランスをより自由に設定できる。しかも4.0リッターエンジンは燃費も良好。これは1回の満タンで走行できる距離が伸びることを意味し、長時間におよぶ耐久レースでは給油回数すなわちピットストップの回数が減るというメリットを生み出す。W12ファンには残念な判断かもしれないが、レースで勝つうえでは間違いなく賢明な選択といえる。

文:大谷達也 写真:ベントレーモーターズ  Words: Tatsuya OTANI 

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