ランチアが生んだ名マシン「037」第一号車を製作した人物に聞く誕生秘話

Photography:Max Serra

これは、『美しく、速い 傑作マシン│イタリアが生んだ伝説のラリーカー「037」誕生秘話』の続きです。

ランチア・アバルト・ラリー部門のボスであり、ランチア 037の第1号車を製作したセルジオ・リモーネに誕生の裏話を語ってもらう。

「私たちが計画を進めようとしていた段階では、フィアット、ランチア、アバルトのどのブランドを用いるかも決まっていませんでした。ところで、私は過去の経験から、予測不能な条件が少なくないプロジェクトにおいては、できる限りシンプルに事を進めることが成功への近道であることを知っていました。

 
モンテカルロは、私にとっては完璧でした。なにしろ、作業がとても簡単そうに思えたのです。キャビンはストラトスよりも大きいし、間もなく終わろうとしていたグループ5の経験から、まだ使ったことのない素材が私たちにはたくさんありました。しかも、ここにアバルトのシャシーを組み合わせれば、素晴らしいラリーカーができあがる確信を得ていたのです。
 
私は広報部からノーマルのモンテカルロを借り出すと、作業を開始しました。フロントのトレッドを拡大し、サスペンションのためのスペースを作り出しました。さらにホイールベースも延長しました。私はかつてのボスであるインジニャーレ・コルッチ(インジニャーレはイタリア語でエンジニアの意味)にしばしば協力を求めました。彼は親愛なる友人であると同時に本物の紳士です。マリオから夜通し聞いた話は私にとって大きな財産となりました。 



037 のリア・サスペンションは、まさしく彼が作り出したものです。ギアボックスについては、デ・トマゾ・パンテーラやBMW M1 のレース仕様で使われているものが理想的のように思えました。なによりとても頑丈でしたし、大きなディファレンシャル・ギアをレイアウトするうえでも都合がよかったのです。
 
サスペンションについていえば、私はマクファーソン・ストラット式が嫌いです。壊れやすいので、131ラリーを走らせている当時は様々なトラブルの原因となりました。ウィッシュボーンのほうが好みです。
 
モンテカルロをベースに選んだメリットはほかにもありました。想像していた以上に生産が容易だったのです。これについては、事前にそうかもしれないとは思っていましたが、100%の確信はありませんでした。なにしろ、ホモロゲーションを得るには少なくとも200台を生産しなければいけないので、これはとても重要でした」

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Massimo Delbò Photography:Max Serra 取材協力:マックス・ジラード(ジラード&Co. )、マーカス・ウィリス

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