22歳の誕生日にプレゼントされたのは世界に一台のマスタングだった !?

Photography:Max Serra

この記事は『フォード・マスタングを自分好みに特注!世界に一台の「ザガート・エラボラツィオーネ」』の続きです。

丸目のヘッドライトはカレロ製の四角いものに交換され、合わせてフロントエンドは大胆に変わったほか、ボンネット上には大型のエアインテークが備えられた。フロントバンパー両脇には、アルファロメオGTのようなスタイルのクロームメッキが施されたウィンカーを設置。これはイタリアの法規制に対応したものだった。

 
フロントグリルはオリジナルのままだが、ボンネット上部の先端がフロントグリルに被さるような形状に変更された。そのほか、黒地にシルバーのザガート・エラボラツィオーネのバッジが左右のフロントフェンダーに装着された。ボディは映画『ブリット』で主人公が乗っていたマスタングを思い起こさせるハイランドグリーンに塗装され、黒いビニールシートの座面サイドやバックレストには白地が加えられた。
 
ブッコはガールフレンドに会うために、このマスタングでペスカーラとミラノの間を喜んで往復した。しかし、日常の足として使うにはもったいないと思ったのか、15年間で走行したのはたったの4万6000kmにすぎなかった。1983年、オイルショックでのガソリン価格暴騰に嫌気がさしたブッコは"PE58841"のナンバープレートを返納し、日本でいうところの"一時抹消"の手続きをした。車両はブッコの会社の倉庫に保管され、定期的に従業員がエンジンをかけていた。それから12年間、このマスタングは文字通り日の目を見ることはなかった。



「私の父、ドナートがこの車を買ったのは1995年のことでした」と現オーナー、ファビオ・ディ・パスクァーレは振り返った。

「その翌年、私の22歳の誕生日に父親からプレゼントされました。私の家族とブッコさん(故人)は同業で付き合いがありましたから、マスタングが倉庫に保管されていることも知っていました。再登録のプロセスが複雑で、ブッコさん側の車両担当者はもうスクラップするしかないかと匙を投げていました。そこで私の父が引き取ることにしたのです。私たちの手元に届いてから、またザガートの詳細を把握していなかったので、整備の際にとりあえず安全策として"オリジナル"のカラーコード1619Aのウィンブルドンホワイトに戻しました」
 
1997年3月、山ほどの書類のやりとりを経て、新しいナンバープレートとともに再登録が認められた。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom) Words:Massimo Delbò  Photography:Max Serra

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