人々を虜にする魅力とは?|ジェントルマンのためのスーパーカー、マセラティ・ボーラ【後編】

Tom Shaxson

この記事は「「あやうく本当の姿を見逃すところだった」|ジェントルマンのためのスーパーカー、マセラティ・ボーラ【前編】」の続きです。



紳士のグラントゥリスモ


この日、“私たち”に委ねられた1975年型車は、最近復活したオロ・ロンシャンの色合い(ある時点はでレッドに再塗装されていた)が、まさに絶妙のコンビネーションたる1台だ。4.7リッターエンジンが搭載された4台を除いて42台生産された右ハンドル仕様のうちの1台である。

ジウジアーロの作品のなかではそれほど派手な部類には入らないかもしれないが、ボーラは「シンプル・イズ・ベスト」の傑作である。サテン仕上げのステンレススチール製ルーフとAピラーというユニークな仕掛けを除けば、余計な装飾は一切ない。これは彼の手で1969年に発表されたアルファロメオ・イグアナのショーカーにおいても採用されたものだが、キャデラックは1957年にエルドラド・ブロアムで先行して取り入れている。

当時のレポートでは、ボーラはスーパーカーの基準からすると大柄な部類に入るとされていたが、現在では可憐にさえ見える。マセラティの中で最も優美なスタイリングと称されるボーラは全高こそ1133mmだが、全幅は1730mm程であった。日常的に使用することを想定して設計された結果、完璧というにはほど遠いとはいえ、人間工学的にはミウラより数段優れている。シートはそれなりに存在感あるセンタートンネルを挟むように配置されているが、肘のスペースには余裕がある。



シトロエンからインスパイアされた特徴は、ハイドロニューマチックのノウハウに基づいた独特のLHMによる油圧コントロール方式ほか、随所に見られる。ドライビングポジションは、ふくらはぎまで湾曲してサポートする、長いクッションを持つハンモックのようなシート(それは君主のための玉座であるかのような!)によって定められる。このシートはボディに固定され前後には動かないが、角度のみが油圧によって指先1本でアジャストできる。さらに、ペダルはアッセンブリーごと、これも油圧にて前後へ調整可能だ。調整範囲の広いテレスコピック式ステアリング・コラムと相まって、理想的なドライビングポジションを取ることができる。ヴェリア製の各種ゲージ類が印象的に配置されたダッシュパネルだが、ベンチレーション・コントロールだけは後付け品のように見える。スイッチ類のレイアウトは少し混乱しており、注意を払って操作することが要求される。



事実上すべての現代車と同様、Aピラーの根元から先はドライバーには見えないが、肩越しの視界と後方視界は当時のライバル車に比べて優れている。少なくとも、ステアリングを何度も廻さなければならない状況でなければ、この車でバックすることは容易い。しかし、そのとき、ステアリングがそれなりに重いことも感じるはずだ。低速走行時、街中をあちこち移動するとき、あなたはボーラが少しばかりぎくしゃくしているという感想を抱くに違いない。何よりも、シトロエン流のおそろしく軽く遊びのないブレーキに力を入れすぎてしまうだろう。つまり、ボーラは初対面の場において不利な車と言える。

とはいえ、オープンロードに出れば運転がとてもし易く、あなたはすぐにこの車に馴染むだろう。威圧感は皆無だ。ステアリングは路面からのインフォメーションをドライバーに強く伝えるタイプではなく、高速域ではかなり軽く感じられるだろう。また、この種の車としては乗り心地が素晴らしい。当時のフロントエンジン搭載のGTカーとは違ったカテゴリーの車であるにも関わらず、ボーラは1970年代の他のスーパーカーに比べて限りなくスムーズである。



相対的に言えば、強いバンプやノイズは十分に隔離されており、アスファルトの轍など、ステアリングホイールを通して感じる揺れはごくわずかだ。シャシー全体の揺れは皆無ではないが、全体的には問題となるレベルではなく、快適とすら表現できるものである。

過度にエキサイティングというわけでもないが、シートポジションなどコクピットはスーパーカーを連想させる。だが、マナーよく操れば、ボーラはグランドツアラーと表現するのが適切であるかと感じる。チェーン駆動の大排気量V8は楽しげにうなり、適切な遮音のおかげで、エンジンから派生するサウンドは決して過度に邪魔になることはない。

ゆっくり走れとまでは言わないにせよ、節度をもったドライビングであれば、ボーラは50年以上も前に生まれたスーパーカーの名に恥じない洗練さを持っている。おそらくもう少し若いジェネレーションならば、BMW M1あたりが同じようなキャラクターを持っているといえるかもしれない。優れた柔軟性を持っているのだ。

風切り音もタイヤの唸りもうまく抑制され、130km/hがその半分くらいの速度に感じられ、また視野が広がりリラックスできる。あなたが感じるのは、ギアの唸り音と、ときおりLHM油圧ポンプから聞こえるシュー、カチャカチャという少し風変わりな合唱だ。

ボーラのステアリングは、際だってレスポンスがよいとは評せないが、ハンドリングそのものは悪くない。意図的に追い込まない限りは、テールがブレイクすることはまずないであろう。ウェット路面ではより慎重な走りが要求されるだろうが、あらゆる状況においてボーラはマナーのよい走りを見せてくれる。フロントもリアも同じ215/70という比較的控えめなサイズのタイヤは、サイドウォールが比較的高いことで路面からの衝撃を和らげる効果もあり、轍にステアリングを取られることもない。

ワインディングロードで少しハードに走ろうとすると、かすかな“ひっかかり”を感じるが、それは大きな問題ではない。その昔から多くのレポーターが指摘していたように、それは“慣れ”で解決できるものだ。慣れるのに少々時間がかかる要素は2点だけで、ひとつはブレーキ操作だ。低速域では非常に敏感であり、オンとオフのスイッチのようなストロークの、短いシトロエン独特のブレーキフィーリングに慣れる必要がある。不用意に操作すると急ブレーキになってしまいがちだ。一方、ペダルを徐々にコントロールすることで、高速域での素晴らしい制動力を発揮することができる。2点目は5速ドッグレッグパターンのZF製ギアボックスだ。これは公平を期すために記しておくが、およそ数十年間に渡ってほとんどすべてのスーパーカーに搭載されてきた。ここでのギアチェンジの際のフィーリングは褒められたものではない。リターン・スプリングがしっかり効いていなければ、ギアをしっかりと引っ張る必要があるが、それはむしろ当時としては当たり前のことでもあった。

あなたを“ノックアウト”するであろうボーラの魅力は、外見の美しさもさることながら、長いストレートを攻めた時のサウンドだ。あなたがそれを望まない限り、ボーラは決して攻撃的な車ではないが、ローギアで引っ張ると4カムV8エンジンのキャラクターが大きく変貌する。レッドラインは5500rpmでトップギアでは1000rpmあたり45km/hというギアレシオだ。そこにはノイズと唸り声が渦巻き迫力満点だ。マセラティが正真正銘のスーパーカーであることを感じられるのは、このような状況においてである。ウェバーのカルテットが弾け、ゴボゴボと重低音が響く。チェーンの音が共鳴し、別世界のようなサウンドが響く。この二面性こそがボーラを魅力的なものにしているのだ。



ボーラは足が速く、洗練されたハイパフォーマンスカーでありながらも、望めばエキサイティングな楽しみ方をすることもできる。このスーパーカーは、マセラティを信仰するそれまでの(そして保守的な)顧客層を疎外することなく、同時に新たな、より冒険的な信奉者たちを惹きつけるという、絶妙なラインを踏んでいた。振り返ってみるなら、決して成功作とはいえないが、それは製品自体に内在する欠陥というよりも、マセラティ、そしてその時代のスーパーカーを取り巻く外部からの圧力によるものであった。ボーラは素晴らしい車であり、運転すればするほど、ずっとハンドルを握っていたいと思うようになる。当たり前に聞こえるかもしれないが、逆説的に表現するならば、その逆はほとんどのスーパーカーに当てはまるのだが…。


1975年 マセラティ・ボーラ
エンジン: V型8気筒、DOHC、4719cc、ツインチョーク・ウェバーキャブレター4基、ミドマウント
最高出力:310bhp/6000rpm(DIN) 最大トルク:47.0kgm/4200rpm(DIN)
トランスミッション:ZF製5段MT ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピックダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ベンチレーテッド・ディスク、LHM油圧式
車両重量:1535kg 最高速度:280km/h、0-100km/h加速:6.2秒


編集翻訳:越湖信一 Transcreation:Shinichi EKKO
Words:Richard Heseltine Photography:Tom Shaxson
編集協力:Andy Heywood(mcgrathmaserati.co.uk)

越湖信一

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