エンツォ・フェラーリが1人の男に贈った特別なフェラーリの物語

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翌年2月、ピーターはアメリカの女優ルイーズ・ラネット・コルディエと結婚するが、彼らがマラネロにやってきたとき、エンツォは彼らがホテルに滞在するのではなくエンツォが持っているいくつかの家のひとつに住むことを望んだそうだ。

ルイーズ・コリンズはこの頃のことをよく覚えている。「私たちはモンテカルロとこの家の間を何度も行き来したわ。ある日の午後、ピーターが美しいフェラーリに乗って帰ってきたことには正直あまり驚かなかった。だって彼は仕事でたくさんの車に乗るでしょ。でもこのときは違ったわ。これはルイーズの車だよと言うんですもの。私はまたそんなにお金を使って!ととても気になったけれども、これはエンツォからの贈り物だというのよ。その日から250は私たちの生活の一部になったわ」

モデナのナンバープレートMO46146とともに車が彼女の名前で登録されたのは1958年2月28日である。2座席のベルリネッタはとても特別な車で、生産されたのはわずか40台(販売された36台に加えて試作車4台を含む)と、これだけでも稀少なのに、この車は4台のプロトタイプのうちの最初の1台という、スペシャル中のスペシャルである。オープンのロードカーとして要求される条件をすべて満たしたこの250カブリオレは、そもそもショーカーとして製作された。1956年暮れにピニン・ファリーナは250GTのシャシー(シャシーナンバーは0655だ)をベースに自慢のボディを載せ、翌57年3月に開催されるジュネーヴ・モーターショーでお披露目したのである。

賞賛を受けたのはいうまでもない。美しく、気品があり、特にリアフェンダーの上に付いたしずくのような形状のテールランプなどは、キャデラック的ではあるがこれまで見たことのない形だ。フロントに目をやれば、左右のバンパーレットや、グリルの大きさ、形状などはスーパーファストにも一脈通じるようにも感じる。



ボンネットの上に貼られたプランシングホースのエンブレムもまた、標準的な使い方よりも大きい。また、運転席側のドアがスーパーファストに見られるように、ドライバーの肘の動きを妨げないように下側にえぐられた形状になっている点も特徴的だ。室内を250GTクーペと比較すると、計器類がダッシュボード中央に寄せられている点が異なる。また、ウィンドスクリーンを支えるのはほぼ垂直に立った2本の支柱だけである。雨対策などまったくなされていないのだが、ショーカーとして作られたプロトタイプなればこそである。

次にこの車の完璧な登録簿をご紹介しよう。シャシーナンバーは正確にいうと508B 0655/GT、エンジンナンバーは128B 0655GTであり、ボディの塗色"Rosso Cina"すなわちチャイナレッドはMM10847、ベージュ色の革製イ
ンテリアはVM3309とすべてコードナンバーで管理されている。そしてピニン・ファリーナのカンビアーノ本社を出たのは1956年12月28日という出庫記録も残っている。5月までにフェラーリはこの車がフェラーリ純正であることの証明書を作成し、そこにはこの250スパイダーの最初のプロトタイプを"2ドア・ベルリネッタ・スパイダー"の名で販売する許可を、ジェノヴァのクルーズ船販売会社に与えている。登録は5 月14 日、ナンバープレートはGE98180で、販売価格は545万5000リラだったことも記されている。車は1958年1月17日に490万リラでフェラーリに一度買い戻され、その数週間後にルイーズ・コリンズの元に引き渡されたことになっている。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Massimo Delbò 

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