伝説のドライバーが初めて手掛けたレーシングマシンの秘密

Photography: Paul Harmer 



コースの大部分が乾いたので、トジェイロでもう一度走行することにした。再びシートに滑り込み、できる限り良いドライビングポジションを取ろうと四苦八苦したうえで、なんとかいいポジションを見つけた。バックレストは上手くできていて、背面が逆さまのポケット状になっており、鋼管製のフープにかぶせる仕組みだ。厚みの違う背もたれが2個あり、これで足の長さに合わせるが、小柄な私でも右足がステアリングのすぐ近くに来てしまう。スコット-ブラウン仕様より小径のステアリングだが、取り付け位置が低いためだ。

まだ濡れている部分でパワースライドにトライすると、カウンターステアを切った手が右膝に当たってしまう。手を滑らせて持ち直さ
ざるを得ないが、直進位置が分からなくなりやすいので理想的とはいえない。それでも、こうして勇気を出してトライしてみると、スピンしやすい神経質な車という第一印象は大間違いであることが分かった。トジェイロJAPは実に穏やかで、挙動もずばぬけてスムーズなのである。

グリップレベルも想像よりはるかに高く、コントロールを楽しめる。車の隅々まで自分の手足のように感じ取れるのだ。高速コーナーに飛び込むと、ノーズが思い通りに入り、それをテールが手助けする。そのすべてがドライバーのかけたパワーに従っている。これこそが、1950年代にクロスプライタイヤを履いた後輪駆動レーシングカーが見せた走りのマナー、そし現代の車に慣れた私たちにとっては、ドライビングの醍醐味なのである。



デビッドは勇敢にも6200rpmまで回したことがあるという。ちょうどレブカウンターで針が真上を向く位置だ。私は最高出力を発揮する5200rpmを超えることはしなかった。無意識のうちに、目の前の動弁系がバラバラに壊れて、顔に飛んでくるのをおそれていたのかもしれない。だが、その半分くらいの回転域からJAPエンジンは生き生きと回転を上げ始める。それ以下の回転数では、ときおり"ぐずって"フラットスポットを感じるが、トルクが太いので滑らかに加速し、ギアを上げていける。ただし、ギアチェンジには腕力が必要だ。

ストレートで思い切って踏み込んでみた。乱流を顔面で受け、スクリーンを超えてくる冷風で額の感覚が麻痺する。アーチー・スコット-ブラウンは、このトジェイロJAPでゾッとするほどのアクロバチックな走りを見せたに違いない。いったん反抗的なギアボックスの扱いを覚え、車を信頼できるようにさえなれば、自分の体の延長として扱えるマシンで、私はこんな一体感を現代の車で味わったことがない。可能なのは軽量のシングルシーターくらいだろう。最後にもう一度ストレートを飛ばした。

その時だ。右の視界の端で、アルミの丸い塊がスリップストリームに吸い込まれるのが見えた。路面で跳ねてコース脇の下草に消える。なんと、またしても振動でミラーが外れてしまったのだ。あわてて駐車場に戻って伝えると、デビッドは笑顔で「大丈夫。予備は持っているから」と答えた。


1952年トジェイロJAP
エンジン:1097cc、V型2気筒、OHV、マグネシウムブロック(オリジナル仕様)、アルミニウムヘッド、アマル製キャブレター×2基
最高出力:66bhp/5200rpm 
最大トルク:9.3kgm/4400rpm 
変速機:前進4段MT+後退、後輪駆動 
ステアリング:ラック・ピニオン
サスペンション(前後):ダブルウィッシュボーン、横置きリーフスプリング(アッパーウィッシュボーンを兼ねる)
ブレーキ:4輪ドラム 
車重:400kg(推定) 
最高速度:162km/h 
0-100km/h:8.0秒(推定)

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: John Simister 

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