英国とスイスの合作カメラ|AUTOMOBILIA 第10回

コンパスの正面(Photos:Kumataro ITAYA)

今回は、カルトなカメラの話をとりあげる。

カルトQ
カルトという語にわたしが親しみを感じるようになったのは、1990年代の初頭にフジテレビ系列で放送された、カルトQという番組に因るところが大きい。深夜にうじきつよしさんと中村江里子アナウンサーのふたりで進行するクイズ番組で、毎回ひとつのジャンルに絞り、かなりコアな内容の出題で構成されていた。わたしも是非参加したいテーマがあり、予選会にでかけようとしたのだが、その日は出張で身動きがとれなかった。もしも予選を突破していたら、まずまずの成績をあげたのではないかと自負している。

誤解のないように付記すれば、その時の題目はケーキ。わたしは昔から甘いものが大好き。放映された本戦中、参加者が誰も回答できなかった問いで即座にわかったものがある。そのうちのひとつは、外観だけから店の名を答える問題。店舗の横に置かれているクルマ、VWゴルフからも、それは「粉と卵」という店だとすぐにわかった。好きとは恐ろしいもので、興味のないAKB48のメンバーの顔や名前はさっぱりわからなくても、菓子となれば、その姿だけから、どこでだれがつくったものか、即座に思い浮かべることができる。

オートカルト
実は、最近とても気になっているスケールカーのメーカーがある。モデルカー市場が飽和気味に感じられるこの時期に、あえて新規参入してきた勇気あるメーカー、その名をオートカルト(AutoCult)という。会社の所在地はドイツ。

とにかく、彼らがモデル化するクルマは偏っている。どれも知らないクルマばかり。たとえば日本車の場合、GT-Rやフェアレディなど、商品化すればグローバルに堅調な販売が見込める車種には目もくれず、オートカルトが選んだのは、たま電気自動車。1947年にプリンス自動車の前身であるたま自動車が発売した、たま電気自動車E4S-47-1というモデル。プリンスは偶々わたしの研究対象なので、E4S-47-1という型式だけで、どのようなクルマか理解できるのだが、世の中にこのクルマを知る人が多いとはとても思えない。オートカルトがモデル化するのは、そのようなクルマばかりなのである。

ノエル・ペムバートン・ビリング
さていよいよここからが本論。ノエル・ペムバートン・ビリングときいて、即座にそれが誰かわかるのは、相当な航空機好きだろう。ノエル・ペムバートン・ビリングは戦闘機のスピットファイヤなどで知られるスーパーマリン社の創業者。今回とりあげるコンパスは、彼が設計したカメラである。製造されたのは1937年頃、すなわち戦前のカメラということになる。

ノエル・ペムバートン・ビリングはクルマも設計している。先に紹介したオートカルトがスケールカーをつくろうとしても、資料が少なくて困る、と言いだしそうなカルトなクルマ。わたしが不勉強なだけで、オートカルトか、あるいは欧州に少なからず存在する個人の好事家モデラーのうちの誰かが、既にモデル化しているかもしれない。このあたりを掘り下げていくのは、それはそれでたのしい作業になると思う。そのたのしみは別の機会に譲るとして、ノエル・ペムバートン・ビリングとカメラの話に戻る。

ノエル・ペムバートン・ビリングの設計したカメラとしてもう一台有名なものがある。それはファントムと名付けられた試作機。このファントムは、クリスティーズのオークションにおいて、カメラの最高額を更新したことから広く知られるようになった。コンパスとファントム、どちらもメタル感を前面に押しだしたつくりで、作風はよく似ている。

1978年だったと記憶するのだが、ロンドンのハロッズという百貨店の上階にあった骨董売場で、すばらしく美しい光学系の売物に出くわしたことがある。その時の記憶は薄れゆくばかり、それでも天文学的な高価格と、説明板にノエル・ペムバートン・ビリングの名が記されていたことだけは、今でもはっきりと覚えている。飛行機にのめりこんだことのないわたしが、ノエル・ペムバートン・ビリングの名を目にしたのは、その時が最初だった。

文、写真:板谷熊太郎 Words and Photos:Kumataro ITAYA

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