ブガッティ初期の名車と最強の市販車ヴェイロンを乗り比べる

Photography:Dominic Fraser

ブガッティはヴェイロンの生産を終了し、次の時代へ幕を開けた。そうした変革期にロバート・コウチャーがブガッティ初期の名車とヴェイロンの最終モデルを乗り比べた。

ガッティ・ヴェイロンは過去のものとなった。
そう、公道の王者の生産は終わった。デビューしたのは10 年前のことで300台のクーペ、そして150台のロードスターが生産された。すべて完売しており、もう二度とヴェイロンが造られることはない。そういう意味においてヴェイロンで切り拓かれた、先進技術の一時代は幕を下ろし、次期モデル「シロン」へとバトンタッチする。

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現代の車と比較すると小ぶりのタイプ35Tも、誕生した1920年代には先進技術の結晶であった。そして、「最も活躍したレーシングカーのひとつ」と呼ぶことができる。現役時代には当時、最も過酷と評されたタルガ・フローリオを5年連続で勝利したことを含め、戦績は2000勝以上に達している。

ヴェイロンは実に10年間生産が続けられ、最近では"長寿"モデルと呼べよう。最終モデルは「ヴェイロン16.4グランスポーツ・ヴィテッセ」と呼ばれ、その輝かしい歴史に幕を下ろした。グランスポーツ・ヴィテッセは市販オープンカー最速記録である406.4㎞/hを樹立している。既に生産を終了したヴェイロンではあるが、今なお市販車のなかでは、最強の王者の座に君臨している。余談ではあるが…、ヴェイロンの最高速度はコンコルドの着陸速度より約160㎞/hも速い。



1990年代に、VWグループを率いていたフェルディナンド・ピエヒ会長(当時)による鶴の一声で生まれた"1000psオーバー、 400㎞/hスーパーカー" プロジェクト。ピエヒはポルシェ917、アウディ・クワトロなどのプロジェクト発案者でもあり、常に"非常識" かつ斬新なことを思いつく人物であった。もちろん、一筋縄ではいかず開発に着手してから1年が経過してもまったくカタチにはならなかった。そこでヴォルフガング・シュライバーをチーフエンジニアに、ル・マン・ドライバーのトーマス・ブシャーをブガッティ社の社長に迎え、前代未聞のスーパーカーを完成させた。

ただエンスージアストの間で、ヴェイロンは必ずしも手放しで評価されたわけでもない。もちろん、車両のパフォーマンスは前代未聞な数値だらけで1000psオーバー、 400㎞/hスーパーカーが現実なものとなったのは事実だ。しかし、一部では車両の肥大化、複雑化、そしてあらゆる面で"過剰" な点が批判された。特にタイプ35Tのようなシンプル、かつ小ぶりなヴィンテージカーを引き合いに出して…。もっとも、そんなアンチ・ヴェイロンのエンスージアストは、ヴェイロンのステアリングを握ったことがないのだと思う。ヴェイロンを一度でも運転したことがあれば、その異次元の世界観はこの車だけのものであることに気づかされる。

「ヴェイロンは売れれば売れるほど赤字になる」と、一部の経済誌では言われていたがおそらく誤解であろう。仕様やモデルにもよるが、1 台あたり約200 万ユーロ(約2億6000万円)で450台が完売している。つまり、ブガッティ社には少なくとも約10億ユーロ(約1170億円)の売り上げがあった計算となる。その一方で、ブガッティの維持費は過剰に感じられるかもしれない。定期点検は1万4000ポンド(約240万円)、専用タイヤは4本で2万3000ポンド(約390万円)、タイヤ交換5回につき1本7000ポンド(約120万円)のホイールをすべて交換する必要がある。また、スロットル全開で走るとガソリンタンクは8分で空となる(全開などまず不可能だが)。ヴェイロンのオーナーともなればプライベートジェットやスーパーヨットで、燃費の悪さは慣れているであろうが。



ヴェイロンが登場するまでスーパーカーの王者として長年、君臨してきたのがマクラーレンF1だ。車両重量はわずか1250㎏で、ドライバーアシストの類が皆無ゆえに"ピュア" スーパーカーと評される。そこにはブレーキのサーボアシストの備えすらないほど徹底している。

対するヴェイロンは自動車技術における最高峰の電子制御デバイスのみならず、航空機技術まで用いている。かつてマクラーレンF1 vsヴェイロンという特集を本誌(2010年Vol.80イギリス本国版)に掲載したが、ヴェイロンはサーキット走行においても終始、尋常でない速さと安定ぶりを披露していた。対するマクラーレンF1も未だに速さは、そんじょそこらのスポーツカーには負けないが、ドライバーはアドレナリンの過大分泌を強いられるスリリングなものだ。「好み」と片付けられがちだが、スパルタン過ぎるきらいがないわけでもない。

以前、フランスにおいてマクラーレンF1とフェラーリ599でランデブーしたが、特にワインディングロードでは後者のペースに追いつくのは至難の業だった。マクラーレンF1ほどのパワー・ウェイト・レシオを持つ車でありながら一切のドライバーアシストの類がないというのは、スポーツ走行ではさすがに辛い。また、現在のマクラーレンF1の市場価格は10億円をくだらない。そう考えると、あれだけどんなシチュエーションでも速くて安定しているヴェイロンが、1億円ちょっとからでも狙えると思うと破格に感じられる。

昨年、ミッレミリアで1931年型ブガッティ・タイプ51GPカーを運転させてもらった翌日、広報部の厚意でヴェイロン・グランスポーツ・ヴィテッセを走らせた。ワインディングが連続するもっともチャレンジングなセクションで私の前方を走っていたのは、マクラーレンF1で追いかけるのに苦労したフェラーリ599、しかもGTOであった。敵討ちのチャンスが到来したと思った瞬間、向こうも私の存在に気づいたようだ。フェラーリ599GTOはすぐに戦闘モードに入り、フルスロットルで逃げて行く。見ているこちらがヒヤヒヤするほど、コーナーを攻め込む姿は間違いなく持ちうる力の100%で走っているように感じた。マクラーレンF1の時とはまったく状況が違っていた。ヴェイロンは60%も力を発揮していなかったであろう。もっとも、私の腕よりも電子制御の恩恵ではあったのだが。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA( carkingdom) Words:Robert Coucher 

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