BMW スーパーカー M1で夜明け前のマンハッタンを疾走する

1981年BMW M1(Photography:Erik Fuller)



フィルのM1は最後期に製造された1981年モデルだ。BMWの広報車として使われたこともあり、今も見事なオリジナルコンディションを保つ。私に運転を代わるため、フィルはミース・ファン・デル・ローエが設計したシーグラムビルの前に車を止めた。エンジンのカリスマ性に私が強い感銘を受けていることはフィルもお見通しだろう。乗り込むのは簡単で、私が操作系を確認する間、フィルは助手席で黙って待っていた。ドライビングポジションはまずまずだ。同時代のミドシップのフェラーリやランボルギーニよりはるかにいい。ペダルのオフセットはわずかで、普通の靴でも充分なフットスペースがある。ギアシフトはレーシングカーと同様、1速がドッグレッグレイアウトで、残りの4速がH型に並ぶ。ZF製トランスアクスルまで長いリンケージで繋がっているのを感じるが、シフトパターンや動作に慣れてしまえば正確に変速できる。動きは滑らかとはいえないが、絶対に壊れないという印象を受ける。それは、ターボ搭載で850bhpを超える出力を誇ったレース仕様で証明済みだ。

車内は1978年誕生の車とは思えないほどモダンで、エアコンディショナーやパワーウィンドウ、電動式ドアミラーを備える。いかにもドイツ的な魅力を感じるのがシートだ。バウハウス的なシンプルな形状のウレタンを手縫いの黒のレザーが覆い、中央のチェッカー柄のファブリックが、左右のボルスターに加えてさらにグリップを高めている。ステアリングはユニークな3本スポークで(のちのM535iでも使われた)、中央に位置するのはBMW伝統の青と白のラウンデルではなく、BMWモータースポーツのロゴだ。

視界は前方、両サイドとも良好で、ボディワークはいっさい見えない。対照的に後方は、サイドウィンドウ周辺のインテークに空気を送り込むルーバーやフィンに覆われ、それがリアウィンドウに影を落としている。この素晴らしいまでに"反抗的"なデザインは、M1がイタリアとドイツのコラボレーションで誕生したことを思い出させる。これはBMWがジウジアーロとランボルギーニのエンジニア、ジャン・パウロ・ダラーラと手を組んで設計した車なのだ。

フィルは、発進の際にスロットルペダルを小刻みに踏まないほうがいいとアドバイスした。その理由はブリッピングを試してみて分かった。スロットルペダルは動き出すまでに引っかかりがあって、ある程度思い切って踏み込まなければ動かないのだ。これはペダルが6連のクーゲルフィッシャー製スロットルボディまで長い複雑なリンケージを経由して繋がっているためだ。対してブレーキペダルは軽いので、ヒール・アンド・トウを決めるには100%の集中力でドライビングにあたる必要がある。ニューヨークのど真ん中でそれをやらなければならないのだ。

スムーズなクラッチでアイドリング中のエンジンをつないで発進する。最初の引っかかりを超えるようにスロットルペダルを力強く踏み込み、シフトを横に動かして2速へ入れる。車は準備万端だ。フィルのおかげで水温も上がっており、エンジンが次の加速を今か今かと待っているのを感じる。この"せがむ"ような感覚こそレースエンジンの最大の魅力で、M1からもそれがビシビシと伝わってくる。すぐにシフトを引いて3速に入れ、再びスロットルペダルを深く踏み込んだ。エンジンは雄叫びを上げ、もっともっととけしかけてくる。助手席で笑みを浮かべるフィルに、こちら側で聞くとエンジンサウンドがいっそう素晴らしいと大声で伝えると、「そうさ。エグゾーストが運転席側にあるからね」とフィルも大声で返してにんまりした。

そこから数マイル、ゆっくり走る車をかいくぐりながら、あいた空間目掛けて加速しては、スピードに乗ってコーナーを曲がった。ステアリングはノンアシストだが重くはない。高速でセルフセンタリングを強めるキャスター角が小さいため、非常にニュートラルな重みだ。パークアベニューを曲がって5番街を横切り、プラザホテルの前に止めると、愛想のいいニューヨークの警官と立ち話をした。彼らもM1が大いに気に入ったようだ。そのあと、6番街で信号が青になるのを待っていると、グランプリのスターティンググリッドに付いているかのような錯覚を覚えた。信号が一斉にグリーンに変わる。ぐっと踏み込んで、またギアを上げていく。

フィルがコレクションを保管するガレージへ戻る道中、ウエストサイド・ハイウェイとホランド・トンネルを抜けた反対側のハイウェイでは、何度かコーナーでM1を思い切り解き放ってみた。スピードに乗って高速コーナーを曲がると、シャシーの剛性とグラウンドホールディング能力の高さを実感できる。同時に足取りは非常に軽やかだ。これこそ最高の車にしかできない芸当であり、もっと最近の車のような印象を受ける。

当時のロードテストには、M1の大きな魅力のひとつにステアリングが挙げられている。私もそのコミュニケーション能力を堪能した。一度、スピードにのったまま左コーナーに飛び込んだところ、奥で大幅にきつくなっているのに気がついた。それでも車は不安を感じさせなかった。スロットルペダルをわずかに戻しても微動だにしない。完璧な安定感を維持したまま、ステアリング(と尻)から、グリップはまだたっぷり残っていると伝えてきた。実に見事なパッケージだ。この車なら1日中でも攻めた走りを続けられるだろう。『Car and Driver』誌が1981年にヨーロッパ仕様をテストしたところ、コーナリング中の横Gが0.82を記録したという。255セクションのタイヤで出したとは思えない数字だ。M1のパフォーマンスは同時代のトップクラスのスーパーカーと同等だったが、それを大パワーではなく車重の軽さで成し遂げていた。はたして腕利きがドライブするM1に対抗できる車が1978年にあっただろうか。ランボルギーニ・カウンタックやフェラーリ512ははるかに重い。フェラーリ308は重量こそ同程度だが、パワーで大きく劣る。近いのはポルシェ911ターボくらいだ。そう考えると、当時サーキットでM1プロカーの最大のラインバルがポルシェ935だったのも頷ける。

その頃と現在のM1に対する評価は対照的だ。今でこそ高い人気を誇るが、かつては注目もされなかった。発表された時点で既に存在意義を失った車と捉えるジャーナリストが多かったのである。そもそもの開発目的だったシルエット・フォーミュラは、長い構想期間ののちにキャンセルされた。その上、ランボルギーニの破産に巻き込まれて発売が遅れ、BMWの提携失敗を象徴する存在となってしまった。また、M1をテストしたジャーナリストの多くが、そのダイナミクスの秀逸さより、使い勝手や扱いやすさに誌面を割いたのも災いした。「イタリア製スーパーカーほどチャレンジングでないスーパーカーですよ」などと聞いたら、退屈な車としか思えない。

私たちがM1を楽しんでいるうちに夜は明け、太陽が昇り始めた。車をクールダウンさせながら、その美しい形をもう一度じっくり鑑賞する。そして、エンスージアストの心に及ぼしたM1の影響に思いを巡らせた。この車が脚光を浴びる時代が今ようやくやってきた。BMWのスーパーカーへの挑戦は短命に終わったかもしれないが、そこで生まれたM1はスーパーカー全体のイメージとその使い方を180度転換した。現在、BMWは時代の最先端をゆくプラグインハイブリッドのスーパーカー、i8を製造している。それに比べれば、現行の他のスーパーカーがどこか古くさく、1世代前の車にすら思える。考えてみれば、M1は1978年にまったく同じことをやってのけていたのだ。


1981年BMW M1
エンジン:3453cc、ドライサンプ直列6気筒、DOHC、24バルブ、
クーゲルフィッシャー製メカニカル燃料噴射装置、6連スロットルボディ
最高出力:277bhp/6500rpm 最大トルク:33.6kgm/5000rpm
変速機:前進5段MT、後輪駆動、ZF製トランスアクスル、
リミテッドスリップディファレンシャル

ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前・後):マクファーソン・ストラット、コイルスプリング、
不等長ダブルコントロールアーム、ビルシュタイン製ハイトアジャスタブル・ダンパー、
アンチロールバー
ブレーキ:ATE製ベンチレーテッドディスク 車重:1300kg
最高速度:259km/h 0-100km/h:5.4秒

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.)原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Simon Aldridge Photography:Erik Fuller

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