「これは単に最も愛らしく、最も軽く、そして最も運転の楽な車なんだ」

Photography:Ian McLaren



ポルシェ356は常に高価であったが、特に最も重要な市場である北米マーケットで高かった。合衆国東部を担当するインポーターだったマックス・ホフマンは、より安価でよりスポーティな356の必要性を本社に説き、これがスピードスターを生むきっかけとなった。フェリー・ポルシェは、影響力もあり熱心なホフマンの要求にとりあえず同意したものの、「車を裸にすることは品位を下げるだけで、本来の目的を達成しない。価格引き下げは販売にはたいした効果はあたえず、むしろまったく意味がない」と述べた。それでもホフマンはアマチュアレーシングドライバーたちに大ヒットすることになる2995ドルのスピードスターという商品を手に入れた。

だが、フェリー・ポルシェが予言したように、一般的なドライバーにはあまり売れなかった。だから、現在スピードスターがポルシェファナティックの憧れの的になっていることは実に皮肉な結果だ。レース仕様の取り外し可能なローカットウィンドースクリーン、ほとんど実用にならないソフトトップ、レース用のタイトなバケットシートなど、シンプルでスパルタンな356の簡素版はカルトカーと見なされるようになった。これは初期のロレックス・デイトナに似ている。ほとんどダイアルを読み取れないスティールウォッチは一部の好事家にしか受けなかったことで生産中止となったが、そのおかげで今や希少性から価値が高騰している。
 
1957年、356にはより強力なエンジン、高効率のオイルクーリングシステム、さらに軽いダイアフラムクラッチ、より正確なギアリンケージ機構と、VW製だったステアリングボックスをZFのウォーム・ローラー式に変更するなどの改良が加えられた356A(社内呼称T-2)に発展する。
 
スピードスターは少し大きめの着脱可能なフロントウィンドーと巻き上げ式サイドウィンドー、さらに豪華な内装。さらに完璧な後方視界が得られるガラス製のリアウィンドウを持つドイツ式のソフトトップを得て、スピードスターD(コーチビルダーのドラウツに因んで命名された)に発展した。北米での発表時、スピードスターDのプライスは3695ドル。スピードスターに比べるとかなりな値上げだ。さらにはスパルタンなスピードスターとの違いを強調するため、1958 年からはモデル名はカブリオレDに変更された。快適な仕様となったためカブリオレDは必然的に重量が増加しスピードスターに比べ50㎏程重くなった。それに対する60bhpはいかにも非力で、決して速くは走らない。



だから私は現在のオーナーのチャールズ・アートンがこの小さな356を選んだ理由がわからない。チャールズは私にとってよき友人であり、おそろしく優秀なレーシングドライバーでもある。彼が所有するクラシックレーサーは420bhp V8マスタング・シルエット・レーサーと280bhpブラッドオレンジのペラーナ・カプリ。ロードカーは911カレラ3.2と964ターボ、それにGT3を所有する。数年前チャールズはそれらウェポンの助手席に私を誘ったことがある。ケープタウンの主要高速道路の終点に鋭角180°の出口ランプがあり、アートンの駆るGT3は鋭角なターンを見事に制御されたサイドドラフトで抜けたものだ。私はその時の、視界を遮ったタイヤスモークを忘れない。だからなおさら、この可愛らしい356は彼の選択としては異質に見えてしまうのだ。
 
「これは単に最も愛らしく、最も軽く、そして最も運転の楽な車なんだ」とチャールズはいう。

「最高に素晴らしいステアリングを持ち、エンジンは十分なトルクを発揮する。また車重が軽いからすばしこくて機敏。とてもバランスが良いと思う。確かにこれは格別速くはないし、無理に早く走らせようというつもりもない。しかし、ワインディングロードではスロットルペダルを踏むことが喜びだし、そして最も重要なことは、これに乗っていると女性にモテるということだ」チャールズの見解は事実だ。


ケープタウンのワインランド、フランシュフックの自動車博物館で2010年に行われたコンクールとタイムトライアルでは、このカブリオレDは「女性の人気第1位」のトロフィーを勝ち取っている。

編集翻訳:小石原耕作 Transcreation:Kosaku KOISHIHARA Words:Robert Coucher 

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