「これは単に最も愛らしく、最も軽く、そして最も運転の楽な車なんだ」

Photography:Ian McLaren


 
エンジン、シャシーなどすべてのナンバーはオリジナルの通りマッチし、シャシーナンバー85541はパーフェクトな車だといえる。赤の内装にボディと同色のシルバーが映える正しいフィニッシュはケープの陽光に素晴らしく映える。これまでにこの個体を所有したオーナーは片手に満たず、1997年に同車のスペシャリストであるオランダのシーメリンクによってフルレストアが施され、現在でも新車当時のようなコンディションだ。

ドライバー側のドアは軽快に開き、完璧に張り直されたシートは厚いクッションで快適。リムの細さを実感する象牙色のステアリングホイールは秀逸のデザインだ。6Vのスターターは数回のクランキングでエンジンに命を与え、その後は咆哮にかわる。たいへんに軽いクラッチと、ステアリングホイールにマッチした象牙色のノブのついたシフトスティックは動きが曖昧でデリケート。


動作についていうなら"カブリオレDは低い重心から回転する" といえばいいだろうか。ステアリングはロック・トゥ・ロックがたった2. 26回転。実に楽しい。独立式のサスペンションは不整路面を高速で走行する場合にたいへん有効だ。多くの1950年代のスポーツカーとは異なりボディ剛性が非常に高い。ドラウツのコーチワークはオープンモデルといえどもスカットルシェイクを発生させず、大径のドラムブレーキは強力で信頼度は抜群。これは速度を維持したままコーナーに突入することができる車で、これこそがドライビングの満足だと言える。


 
ケープタウンの街をラムジー・ナソー氏のカブリオレDでドライブすることは喜びであり、意味がある。夜景の素晴らしさで有名なシグナルヒルの頂上からはテーブルマウンテンの陰にネルソン・マンデラ氏が18年間収監されたロベン島を望むことができ、また2010年、アフリカ地域で初のフットボールのワールドカップ開催のために建設されたケープタウンスタジアムを見ることもできる。

このときはスペインがワールドカップ史上6度目の延長戦の末オランダを破って優勝を果たしたが、南アフリカはこれに先立つ1995年に、それまでアパルトヘイトのために主催大会から除名されていたラグビーのワールドカップを初開催している。この世界的なビッグイベントを自国で開催することにより、ネルソン・マンデラ大統領は白人と黒人両方の心を一つにすることに成功し、南アは新しい国旗のもと、優勝さえをも勝ちとった。時代の変革の始まりだった。

 
私がケープタウンスタジアムの脇の交差点で停車したとき、新車の911カブリオレが隣に並んだ。ドライバーはこちらをちらりと見、これが356だとわかるとちょっと微笑み、わずかにうなずいて挨拶し、そして400bhpのエンジンをふかして走り去った。このできことは、ナソー氏、そしてネルソン・マンデラ氏さえをも満足させただろうと確信する。なぜならこの911のドライバーは黒人の南アフリカ人だったのだ。時代は確実に変わってきている。

編集翻訳:小石原耕作 Transcreation:Kosaku KOISHIHARA Words:Robert Coucher 

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