「史上最も優勝したフェラーリ」と呼ばれた美しきマシンが持つ魔力とは

Photography: Evan Klein

「レーシングカーに美しいも醜いもない。勝利することで美しくなるのだ」とエンツォ・フェラーリは語った。それを体現しているのが、この常勝マシン625/250 TRCだ。

ジョン・フォン・ノイマンとブルース・マイヤーの共通点は少ない。フォン・ノイマンはオーストリア移民で、1950年代にロサンゼルスで大成功を収めた輸入スポーツカーディーラーだった。一方マイヤーは、南カリフォルニアで高級雑貨店チェーンを経営する傍ら、ホットロッドへの情熱が高じて、アメリカで最も影響力のあるカーコレクターとなった。二人に共通するのが、1957年フェラーリ625/250 TRCへの愛情だ。この美しいシルバーのレーシングカーは、"史上最も優勝したフェラーリ"と呼ばれている。
 
マイヤーはこう語る。「フォン・ノイマンはこの車を気に入っていた。ぞっこんだったんだ。離婚ですべての車を手放したときも、これだけは残した。私も、数あるフェラーリの中でも最も美しいプロポーションだと思う。それに、まるでオーケストラのようなサウンドだ。フェラーリらしさの極致だよ。と同時に、カリフォルニアのホットロッドでもある。フォン・ノイマンは、(標準仕様のエンジンではなく)ル・マン用のエンジンを搭載させ、のちにV12 エンジンに換装したんだ」
 
モディファイされたTRC は、何でもありのアメリカのレースシーンを席巻し、全盛期を過ぎても長く活躍した。ステアリングを握ったのは、たいていフォン・ノイマンか、そのチームマネージャー兼エースドライバーのリッチー・ギンサーだった。優勝した場所も、遠くナッソーから、ソルトレークシティー、エルパソ、メキシコのトルーカにまで及ぶ。デビューから5年後にも、やがてコブラで活躍するケン・マイルズの手で勝利を挙げた。しかし、1962年にポモナでマセラティ・バードケージを追走中に、もうもうとスモークを上げてキャリアを閉じた。
 
その後は使い古しのレーシングカーにおなじみの末路をたどった。当時は貴重な遺産ではなく、価値のない残骸と見なされたのだ。フェラーリエンジンは売り払われ、残ったシャシーにフォードのビッグブロックV8を搭載し、フェンダーを広げてドラッグレースで使われた。ようやくフォン・ノイマンのV12と再会を果たしたのは、マイヤーが購入した2001 年のことだ。現在は、ロサンゼルスのピーターセン自動車博物館か、ビバリーヒルズにあるマイヤーのタージマハルならぬ"ガレージマハル"で展示されている。


 
625/250 TRCの源流をたどると、フェラーリが2.0リッタークラス向けに開発した1956年の500TRに行きつく。このモデルは翌年、スタイリッシュなスカリエッティのボディを得て、500TRCとなった。FIA の付則C に適合させるため、コクピットを広げ、左右同サイズのシートとフルサイズのウィンドスクリーンを装備したものだ。

500 TRCはスクーデリア・フェラーリではなく、カスタマー向けに設計された。そのため、リアサスペンションをド・ディオン式からリジッドアクスルに変更するなど、コストが優先されている。それでも、小排気量クラスやローカルのレースでは充分に活躍できたが、出力180bhp では、アメリカで大物相手に戦える装備とはいえなかった。

Words: Preston Lerner

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