機械と対話する│アストンマーティンDBSとスピットファイアを操る人物

Photography:Matthew Howell



ドイツ軍戦闘機の進化に追いつくために、スピットファイアは常に改良を重ねてきた。「早い話、最高速、旋回能力、航続距離、爆撃能力などの向上のために、エンジンも常に見直されてきました」とスミスは語る。つまり「力」は申し分ないということだ。
 
最初のスピットファイアが登場したのは1938年のことで、最高出力950bhpを誇るロールス・ロイス製の27リッターV型12気筒「マーリン」エンジンを搭載していた。間もなくしてスーパーチャージャーが付け加えられた。言うまでもなく、空気は高度が高まるにつれ薄くなり、内燃機関は充填効率が低下して出力が落ちるが、これを解決するために過給が必要となったからだ。スーパーチャージャーによって燃焼室に空気を強制的に送り込むことで、マーリンは1000bhp以上を発揮するようになった。
 
さらに、高出力を得るため、ロールス・ロイスは戦前のシュナイダー・トロフィー(水上機の発展を祈願したフランスの富豪、ジャック・シュナイダーが主催したスピードレース)で活躍したV12エンジンに着目。これをベースに排気量37リッター、2ステージ・スーパーチャージャーを搭載した「グリフォン」が誕生した。最高出力は2100bhp前後に達したと言われている。そして、今回撮影したスピットファイアには、このグリフォンが搭載されていた。
 
シリアルナンバー"SM845" のスピットファイアは、1945年に製造されたマークⅧである。イギリスが誇る航空技師、R.J.ミッチェルが手掛けた不朽の戦闘機であり、当時としては究極の性能を兼ね備えていた。このスピットファイアは、英国空軍に納品されてから中東へと渡り、後にインド空軍に売却された。現役を退いてからは世界を転々とし、ノルウェーで不慮の事故に遭遇した後、イギリス・ダックスフォードにあるエアクラフト・レストレーション・カンパニーによって修復を受けた。現在はイースタン航空のリチャード・レイク社長が所有し、定期的にデモンストレーションフライトを行っている。
 
現在の価格について明確な答えはないが、2015年にレストアされたマークIが310万ポンドで売却された記録がある。維持費は高額で、500時間毎に必要なエンジンオーバーホール代金は、25万ポンドを下らない。

「スピットファイアの最高速度はマーリンで300mph(483km/h)だったものが、グリフォンで450mph(724km/h)となりました」とスミスは語る。もちろん、スーパーチャージャーの存在も欠かせなかった。

「私はスピットファイアを1万フィート以上で操縦したことはありませんが、文献によれば、スーパーチャージャーを作動させると、著しい出力向上を体感できるようです」と続けた。現在では、エンジン寿命を気遣うとともに、スーパーチャージャー作動に起因するエンジントラブルを避けるために、ブースト使用回数やブースト圧は限られている。

「本来、グリフォンは最大24lbのブースト圧まで耐える設計ですが、今は6lbに制限しています。それでも充分過ぎるほどパワフルなマークⅧですから、最大ブースト圧でどのような飛行性能を味わえるのか想像すらできません」
 
エンジン回転数は3000rpm ほどのため、スミスはグリフォンを"怠け者" なエンジンとも呼んでいた。しかし、排気量が37リッターもあるV12エンジンなので、それほど"余裕" があるとも言える。DBSの5.9リッターV12エンジンにしても、車両用としては排気量が大きい部類に入る。つまり、両者は努力要らずのパワーに満ち溢れているといえるだろう。スピットファイアとDBSは大排気量エンジン、過激、筋肉質、そしてイギリスを感じさせるという共通項があるとスミスは指摘している。

「アストンマーティン好きのなかにはDBSがDB9と比べて外観が"マッチョ" 過ぎると言う人もいます。スピットファイア・マークⅧにしてもそれは同じで、初期のスピットファイアのほうがシンプルな美しさという点では軍配が上がるでしょう。しかし、DBSとスピットファイア・マークⅧは、とにもかくもパワフルで、外観には見合う筋肉美が宿っています」
 
power(力), beauty(美)については納得した。残すは soul(魂)だ。もちろん、魂が機械に宿ることはないが、スミスが重んじるのは精神的なつながりを感じられることだ。「DBSは運転が簡単というわけではありません。スピットファイアにしても同じです。機械との対話が成立して初めて手応えある操作感を味わえ、その達成感たるや筆舌に尽くしがたいものです」
 
両ブランドの立ち位置と歴史、音、香り、クラフトマンシップ、そしてイギリス製という事実のすべてが肝だとも語っていた。「たとえ大富豪になったとしてもDBSを手放すことはありませんし、あの世に旅立つ時にはDBSと一緒に埋葬してほしいくらいです」
 
ナンバープレートの「DBS41F」にも、スミスの強い思い入れ思いがある。「DBS」はもちろん車の車種を指し、41Fは所属していた第41戦隊(Fighter Squadron)と同じだ。イギリスでは希望ナンバーを入手するには金と労力を要するから、思い入れは格別だろう。 


 
スピットファイアのV12エンジンは、燃料が十分に送り込まれた状態ではスムーズに点火するが、エンジンが暖機を終えた状態では、エグゾーストから火を噴くことが多々ある。V12サウンドは豪快の一言に尽きるが、コクピットでは爆音でしかない。

「初心者にスピットファイアの操縦を教えるときは、闘争心に溢れた競争馬を触れるように接するように、とアドバイスしています」

要はじゃじゃ馬っぽさがあるということだ。スピットファイアはイギリスを代表する名機だが、問題がないわけではない。かなりフロントヘビーであり、ホイールベースが極端に短いため、スロットル開度を誤れば、すぐに前転してしまう。エンジンはパワフルだが、ホイールベースが短いゆえに離陸時の操舵が非常にナーバスでもある。おまけにタクシー(滑走路走行)中は前がまったく見えない。

「離陸スピードは90mphほどですが、スピードメーターを確認することはめったにありません。滑走すると"そろそろ離陸できる"という感触がスロットルレバーに伝わってくるのです」
 
離陸間もないスピットファイアはフラフラしているように見える。これはランディングギアを格納するために操縦桿を握り替える必要があるから。ちなみにマークIでは油圧ポンプがなかったので手動で30回転ほどレバーを動かさなければならなかった。
 
しかし、ひとたび離陸すれば水を得た魚のように自由自在に飛び回る。そして、かつての英雄たちの勇姿が思い浮かぶとも語っていた。元空軍パイロットにとっては、この精神的つながりは格別のものであろう。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA(Carkingdom) Words:Peter Tomalin 

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