勝負の分かれ目│小さな勝利を車全体で積み重ねていく

Photography: Aston Martin



ここに、フォーミュラEに参戦し、F1のテスト経験もあるアレックス・リンが加わった。また、BMWからマキシム・マルタンを獲得したことが発表されている。まったく新しいレーシングカーの設計・開発はとてつもない大仕事だ。従来モデルでのWEC参戦と並行して進めるのだから、なおさらである。タブが届くまでは実際の作業は行えず、開発初期の貴重な時間を待つことに費やしたが、長い目で見ればそれが大きな利益をもたらしたとセイヤーズは語る。

「実際に車に手を加える時間は短くなったといわざるを得ませんが、そのときまで1秒も無駄にせず、CADやCFD(数値流体力学)解析で設計を煮詰めることができました。私はいつも、設計に長い時間をかけるほど、あとで手直しする時間が短くて済むと考えていました」

「耐久レースで成功を収める鍵は、車をシンプルにすることです。シンプルで頑丈、それが一番ですよ。シンプルにするには時間と熟考が必要ですが、それを設計プロセスで確保できたのです。その上、タブに関してアストンマーティンと密接に協力していたので、取り組む対象をより早い段階で明確に理解できました」

現代のGTレーシングカーには複雑な要素が多い。なかでも考慮しなければならないのがバランス・オブ・パフォーマンス(BoP)だ。BoPは、公平な競争の場を作り、特定のマシンが圧勝を続けるような事態を避けるためにFIAが設けている枠組みで、車重、燃料、空力、出力などが制限される。どのチームも好きではない神経質な問題だが、それが現代におけるレースの現実である。事実BoPによって、ライフサイクルの両極にあることも多い、幅広い車の間で接戦が生まれているのだ。
 
新車を造るにあたっての目標は、いうまでもなく速いマシンにすることだが、BoPシステムにうまく対応することも長期的戦略として欠かせない。AMRは旧型でそれに成功し、新型でも継続できるだろうとセイヤーズは話す。

「BoPですね…。特に最初のうちは、叩かれるのも覚悟しなければならないと思います。全員同じ条件ですから。私たちが得意としているのは、長期的なポテンシャルを持った車にできる点だと思います。それは現行のGT3とGTEカーからも分かりますよね。いまだタイトルを獲得し、ル・マンでも優勝しているんですから。狙いは車の競争力をできる限り高めることですが、それだけでなく、ライフサイクルを通して競争力を保てるように、伸び代のある車にしたいと思っています」

「もうひとつ、私たちが以前から力を注いできたのが、ドライブしやすい車にすることです。Proのドライバーはどんな車からでも力を絞り出してくれますが、Am のドライバー( GTEAmクラスが対象とするジェントルマン・ドライバー)も速く走れたとしたら、大成功ですよ」

「2016年に旧型の空力を大々的にアップデートした際は、ドラッグを減らしたかったのですが、その過程でダウンフォースも削りすぎてしまいました。しかし今回は、CFDパートナーとの作業時間をさらに伸ばしたので、ドラッグは減りましたが、ダウンフォースは増えました。ダウンフォースが増えればタイヤが長もちしますから、次のタイヤ交換まで安定したペースで走行できます。ドライビングがしやすくなるので、ドライバーのミスも減ります」

「エンジンに関しては、正直、私たちが手を加えることをAMGが認めてくれるとは思っていませんでした。ところが自由にやらせてくれたのです。極めて異例のことですし、大いに助かりました。自然吸気からターボへのスイッチでは多くを学びましたよ。新しいエンジンには進化の余地がたっぷりあります。さらにいいことに、新エンジンの走行距離は、現行の自然吸気エンジンならリビルドが必要な距離を既に超えているのです。これは素晴らしいことですよ。ル・マンでも予選と決勝の間にすべてを交換しなくて済むのですから。チームクルーがフレッシュな状態で決勝レースに臨むことができます」


 
シーケンシャルギアボックスは引き続きXトラック製だが、大幅に軽量化したまったく新しいものだ。「この機会に、完全な電動式シフトシステムを初めて採用しました。重量をセーブできるだけでなく、ニューマチックシステムがなくなって、トラブル発生の可能性がひとつ減りました。また、電動油圧式ポンプの採用で、エンジンに組み込まれた補助ベルトもひとつ減っています」
 
AMRは新たなテクニカルパートナーも迎えた。「サスペンションサプライヤーがオーリンズになり、ブレーキはブレンボからアルコンに変わりました。今は完全なビスポークです。また、タイヤサプライヤーもダンロップからミシュランになりました。どれも革新的というよりわずかな進歩ですが、こうした小さな勝利を車全体で積み重ねていけば、大きな前進になります。そこが勝負の分かれ目なのですよ」

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Richard Meaden 

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