なぜ「フォードGT40」は伝説のレーシングカーと呼ばれるのか?その秘密を探る

Photography:John S Allen,Ford,LAT

ヘンリー・フォード二世とエンツォ・フェラーリの決裂によって産み落とされた英国製スポーツレーシングカーが誕生してから50年。後にル・マンを席巻することになる伝説のレーシングカーに祝杯を挙げよう。

アインシュタインが時間とスピードの関係、すなわち相対性理論を世に説いた時、フォードGT40のことを考えていたわけはない。だが、何の話かと訝る前に、あなたは今1964年にいると想像してほしい。しかも、最も速く、最も美しい一台に注ぎ込める資金を有り余るほど持っている。そこからさらに50年遡った1914年だったらどうだろうか。おそらく大金の使い道はない。第一次大戦前にはあなたが求めるような車は見つからないはずだ。

しかしながら1964年から半世紀が経過した今、フォードGT40は、依然として夢の車のリストで一番上に載っているのではないか。スピードはもちろん文句なし、色褪せずに時を超えていることも疑いない。つまりこの半世紀は、他の時代の50年とはまったく違うものなのだ。

フォードGTの誕生に多くの人がかかわっているのは言うまでもないが、ヘンリー・フォード二世とエンツォ・フェラーリは別格だ。フォードが超高性能レーシングスポーツカーの開発に乗り出すことを決めた時、ヘンリーはフェラーリの買収を決意した。だが、フェラーリを率いるコンメンダトーレはフォード大帝国に呑み込まれることを拒絶、それを受けてフォードは独自の道を進むことを決断した。その結果として生まれたのがGT40である。

1964年から1969年までの間に製造されたGT40で、いま現在、生き残っている車はこの先も永遠に保存されるはずだ。すべての車はフォードV8エンジンを搭載する。ただし、小さなスポーツカーの背後に詰め込まれたユニットは、インディ用の貴重なオールアルミ255エンジン(4.2L)からロードカー用の427、すなわちディアボーン製の巨大な7Lエンジンまで多種多様だ。GT40はまさしくコスモポリタンだった。最初と最後の世代は設計も製造も英国で行われ、その間のマーク4だけがすべてアメリカ製である。またギヤボックスもイタリア、ドイツ、米国製と様々な銘柄を使用していた。さらにレース用だけでなくロードゴーイングモデルも生産された。GT40は設計と生産技術に関する新しい基準を打ち立て、現代の車にさえその影響を見ることができる。それに比べれば、1966年から69年まで4年連続でル・マンを制覇し、4度のワールドスポーツカーチャンピオンシップを獲得したことはむしろ小さな話題と言えるかもしれない。GT40はモータースポーツ史に残る伝説であり、これはその生涯のハイライトである。

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:John S Allen

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