スピードに命を賭けて│1930年代に世界を魅了した世界

octane UK



1930年代当時、スピードは一般人の手の届かない大きな夢であり、その夢の存在はとても大事であった。今日の100 mphは、どんな大衆車で達成可能な最低限の性能である。1937年のオートカー誌の記事ではヒルナム・ウィンガム・カブリオレというテスト車両について「加速性能が求められる高速ドライブに最適で、軽快かつ快適」と書かれている。その性能は0-60 mph加速28.6秒であった。また1937年製ボクスホール 14hp デラックスサロンは最高速度68 mph、0-60 mphは何と38秒も掛かった。ちなみに価格は£215であった。

1469ccチェーンドライブのフレーザー・ナッシュTTは0-60 mphは13.8秒だったが、トップスピードは残念ながら87mphと揮わない。しかし、である。AFN社、新生ドイツからの輸入車は違った。英国の自動車ライターたちはフレーザー・ナッシュBMW 328を「真のエンスージアストの車で、驚くほど柔軟、且つ品がある」と的確に表現した。また「ブルックランズで優に100 mphを上回り、乗り心地もスムーズで安心感があった」とまとめたのだ。



今でも有名なBMW製クロスプッシュロッド1971 cc 6気筒エンジンは、£695もの値がつく328を0-60 mphまでわずか9.5秒で運ぶ。そして0.5マイルにおける平均速度は、ずばり100mphを達成したのだ。

英国からライバルとして健闘したのは、恐らくウィリアム・リオンの3.5リッタースタンダード6気筒エンジンの SSジャガー100だろう。オートカー誌とモーターマガジン誌のテストチームは、その性能の良さに圧倒された。両チームとも101.12 mphの最高速度を可能とし、0-60 mphでは、それぞれ10.4秒と10.9秒を記録した。トップギアにおける30 mph-50 mph加速をわずか7.3秒でこなし、1970年式MGBV8よりも、実に1秒近く早かった。

しかし多くの英国の車ファンは、わずか£445という手頃な価格設定(と言っても庶民には手が出ない)のSSジャガーを、成り上がり向けの手頃なスポーツカーと位置づけた。2シーターの1.5リッターライリー・スプライトの方が値段は高く、更に2リッターのアストンマーティンは£775もしたからだ。

英国製スポーツカーで純粋にスピードを追い求めるならば、ビル・リオンのミサイル型より£800も高い、£1330のラゴンダ・ラピードV12に目を向ける必要があった。だが、とんがったボディとハンドリングの悪さには、妥当な批判が集中した。

本物のエンスージアストは、過給器のない量産型6気筒エンジンには見向きすらしなかった。直列8 気筒がV12 やV16 よりも珍重され、1930年代で最も人気のブランドはブガッティとアルファロメオだった。現実としてはアルファ8C-2900が最高峰と言えただろう。ただし値札は、夢で諦めるしかない£1950という高値ではあったが。

だが当然ながら、レースの血統証とコンチネンタルクラスへの出場権を得ると同時に、おしゃれなイタリアンファッションもオーダーすることになるので、オーナーにはその倍くらいの出費は覚悟の上だった。ロールス・ロイスやベントレーを押しのけて登場したメルセデス540Kも筋力の塊のようで魅力的ではあったが、しかし、1930年代で最もエキゾチックかつパワー、パフォーマンス、華麗さ、そしてレースの成績などで、総合的な評価でトップに踊り出るのは間違いなくアルファロメオ8C-2900Bと言えるだろう。今でもこのエンジンをかければ、観衆の目と耳を同時に楽しませてくれるほどだ。

ブリストル・カーズのトニー・クルックは、戦時中に8C-2900スパイダーを2台保有していた。彼はその内の一台について、こう語る。「最も印象的だったのは、ツインスーパーチャージャーの高音が、ツインオーバーヘッドカムシャフトとギアボックスの響きと混ざり合うときだ。ロンドンへ向かう途中、何度かこの音を爆弾かと間違われたほどだ」

彼の記憶では、2速で75 mph、3速では100mphを越し、トップで132 mphは出ていたとのこと。燃費は 8-9 mpgと決して良くは無かったが。

レーサーにとってアルファロメオ2900は夢の車だが、カロッツェリア・ツーリングによる姉妹車で、長いシャーシをもつベルリネッタもまた洗練されていた。1938年のミッレミリアではスパイダーがワン・ツーフィニッシュ。ル・マンでも別のクーペモデルが勝利を収めているが、ツーリングベルリネッタの美しさはとにかく衆目を集めた。現在フロリダのコリー・コレクションに保管されている1台は、戦後の1947年に復活したミッレミリアで優勝したこともあるマシンだ。

時代は進み1960年代になると、人は重力を克服し宇宙へ飛び、月にたどり着いた。1秒間で7マイル移動するという世界、スピードは異なる次元で捉えられるようになる。

1997年、アンディ・グリーンとリチャード・ノーブルという2名のアマチュア英国人は、スラストSSCで現在の最速記録である763.035mphを記録し、陸上で音速を超えた。しかし、どれだけの人がこれに関心を示しただろうか?一般にとっては、1930年代のスピード王の方が永く記憶に残るのかもしれない。

編集翻訳:数賀山 まり Transcreation: DMari SUGAYAMA Words: Doug Nye

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