キャデラックとブルーズミュージックを辿る旅│ルート61を行く

Photography: Martyn Goddard



このキャデラックにはラジオがなかったので、イギリスのパウンドランドによく似たディスカウントショップにいき、20ドルで大型のラジカセを手に入れた。これでブルージーなムードは満点だ。最後にスタン、彼の奥さんであるティナ、そして息子のスターリンと会い、地元の"ビショップ・バーベキュー" で歓送会を開いてもらった。ただし、予算はあくまでもつつましく暮らす家族に見合った額に抑えた。そして翌朝、ロンドンから飛んできたマーティンと落ち合うと、私たちはニューオリンズに向けて旅立った。

このような冒険旅行に出かけるなら、それも特にイギリス人であるなら、ニューオリンズほど出発地に相応しい場所はない。それは、この地域でいちばん大きな国際空港があるだけでなく、アメリカ南部ではもっとも自由で楽しい雰囲気の街として古くから知られているからだ。そしてニューオリンズで最も長い歴史を誇るフレンチ・クォーター地区で数日を過ごせば、アメリカ南部の文化がいかに複雑かを容易に知ることができる。それをひと言でいえば、民族ごとに様々な集団があり、それぞれ異なった習慣、食事、音楽、そして言葉のアクセントを有しているということになる。



だから、地元の人々の会話が理解できなかったからといって、心配することはない。ときには地元同士でも意思の疎通を図れないことがあるのだから。けれども、ニューオリンズの人々は社交的でおしゃべり好き(これにはちょっとだけ調子をあわせる必要があるかもしれない)で、そうした流れにさえ身を任せることができれば何もかもうまく運ぶようになるだろう。ひとつ覚えておいて欲しいのは、ニューオリンズのアクセントだ。普通なら"リ(ア)ンズ"に力を入れたくなるだろうが、地元では"オ"を強調するほうが好まれる(もしも、あなたがZZトップもしくはルイ・アームストロングであるなら話は別だが……)。ただし、この街に長年暮らして独特の機微を身につけるところまで至っていないのであれば、"オリンズ"を"ナーレンズ" と発音するのは避けたほうがいい。私はルイジアナに2年間住んだことがあるが、この発音がうまくできたことは一度もなかった。

もちろん、フレンチ・クォーター最大のお楽しみは音楽である。南北戦争の直後、ディープサウスに暮らす黒人たちにとって、クォーターの赤線地域"ストーリーヴィル"で音楽を演奏することは、なんといっても生計を立てるための手段だった。ちなみに、私の投宿先である小洒落たドフィネ・オリンズ・ホテルも、その一部はもともとストーリーヴィルの売春宿だったそうだ。こうして音楽は、少数のアフリカ系アメリカ人たちにとって重要な生活の糧になっただけでなく、ジャズやブルーズを生み出す素地を作ったのである。

いまも様々な腕前のミュージシャンがそこで演奏しているので、クラブからクラブへと渡り歩いてみるのも一興だ。ひとくちにブルーズといっても、その背景にはいくつものジャンルの音楽があり、多種多様なバリエーションがある。だから、ものの30分も歩けば、若手のコリン・レイクが演奏するデルタ地方の正統派デルタ・ドブロを聞けるだろうし、リル・レッド&ビッグ・バッドが奏でるソウルフルなR&Bのスタンダードナンバーや、南部連合旗のTシャツを着たレイナード・スキナードのトリビュート・バンドによる耳を聾するようなロックサウンドに出会えるかもしれない。まあ、何が聞きたいにしても、ブラザー、とにかくクラブを回ることだ。



ニューオリンズはハイウェイ61の南側の起点である。ただし、日中の間に距離を稼ぎたいなら、絶対に朝早くに出発しなければいけない。クルマで1時間ほど北に進むとバトン・ルージュという街に着くが、ここはニューオリンズ並みに渋滞がひどいし、メキシコ湾に端を発する豪雨が降れば交通はさらに混乱する。とはいえ、ひとたびバトン・ルージュを通り抜ければ、あとは、よく整備されていて交通量も少ない一級国道がメンフィスまで続いており、スムーズなクルージングを楽しめる。もっとも、スピードをあまり出すわけにはいかない。というのも、60mph(約96㎞/h)を越すと、継ぎ足すのが追いつかないくらい早いペースでエンジン・オイルとATフルードが失われていくからだ。

けれども、55〜60mphでゆっくり流している(本来はこれが制限速度)と、このクルマは抜群の快適性を示す。当時、V8-6-4と呼ばれていた気筒休止エンジン・システムがキャデラックには搭載されていたが、1981年頃に生産された電子制御装置のことを想像していただければわかるように、実に動作が不安定なのである。

燃費を改善するこのシステムは、もうずいぶん昔に壊れてそのままになっていたが、それでも、このアメリカ伝統のV8エンジンはただパワフルなだけでなく、まるで陸上を走るヨットのように乗り心地がよく、墓場と勘違いするくらい静粛性が高い。おまけに、オイルやフルードを補充するためにたびたびクルマを停めたので、道端に立つ "ミシシッピー・ブルーズ・トレール・マップ"を眺めるチャンスはたっぷりとあった。

編集翻訳:大谷 達也 Transcreation: Tatsuya OTANI Words: Dale Drinnon 

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