私が操ったポルシェ911のなかではベスト|ワークスドライバーがそう語った完璧なレストア

1970ポルシェ911ST(Photography Remi Dargegen)



このとき、911STはモッド・スポーツと呼ばれるレースにエントリーしていた。ドライバーは、1977年F1イギリスGPの大事故で九死に一生を得た"ブレイブ・デイヴ"パーレイ。プラクティスに出場できなかったため、最後尾グリッドからのスタートを余儀なくされたパーレイは、同クラスのラップレコードを更新しながら次第に上位に進出。AFNが送り込んだ新車の3.0 RSRを駆るニック・フォールには敗れたものの、堂々の2位でチェッカード・フラッグを受けたのである。

フォールとジョン・デ・ステファノのふたりは、同じシーズンの後半、黄色と緑色に塗り替えられた同じ911STを駆ってレースに参戦。さらに、ギリシャ人オーナー自身がアステリスクという偽名で競技に出場したほか、レイモンド・トゥロールと組んで世界マニュファクチュアラーズ選手権がかかったブランズハッチ1000kmにエントリー。ただし、このときはドライブシャフトを壊してリタイアに終わっている。

レース後、オーナーのラミディスはこの911を売却。ターマック・ラリーを得意とするブライアン・ネルソンがこれを手に入れると、1980年までにアイルランドを中心とする幾多のイベントに出場し、数々の成功を収める。このとき、3.0RSR風のボディパネルが与えられたほか、右ハンドルに改造されたが、幸いにもバルクヘッドは手つかずだった。さらには、競技車両に科せられる輸入税を逃れるため、911Tとして登録されることになる。

モーフェットの手に渡ったのは、いまから10年ほど前のことだ。「当時"1127"と呼ばれていたこの911のことを知ってから30年くらいは過ぎていました。その頃は、かつてのワークス・マシンがアイルランドやマン島のラリーに出場しているという話でした。当時はまだインターネットがない時代で、情報のやりとりはもっぱら手紙。おかげでずいぶんと時間がかかりましたが、あるとき、ようやくオーナーと思われる人物を見つけ出します。ところが、連絡をとったところ、その数週間前に手放したばかりというじゃありませんか。さらに数年間を費やした頃、ふと手にしたポルシェの専門誌に1127の記事が掲載されていて、とある女性がオーナーであることが判明したのです」

「写真を見て、特別なウェバー46キャブレターを備えたファクトリー・ビルトのエンジンであることがすぐにわかりました。そのほかにも、レース用のオイルサーモスタット・バルブやファクトリー製のグラスファイバー・エンジン・シュラウドなどが取り付けられていました。私はすぐにその女性に連絡をとると、車を見せて欲しいと頼みました。3.0RS用のフェンダーやバンパー、それに2.8RSR用のエンジンやギアボックスが搭載されていましたが、ボディシェルはワークス車両に用いられたゲージの薄いもので独特の補強が施されているほか、そのほかにもファクトリー製の911STであることを示す証拠がいくつも見つかりました。信じられないことに、オリジナルで容量100リッターのプラスチック製燃料タンクやスペアタイヤを固定するレザー製ストラップもそのまま残っていました。私はこの911を手に入れると、ゆっくり時間をかけて分解し、その過程で何百枚もの写真を撮影しました」

謎も少なくなかった。まず、1970年のトゥール・ド・フランスに出場した車両のシャシーナンバーは1127ではなく0949だった。しかも、0949のレプリカがすでに複数存在していたのである。しかし、モーフェットはポルシェ・アーカイブ部門のサポートを得ながら、長い歳月をかけて911STをレストア。その過程で、デッドストックとなっていたりリプロダクションされたグラスファイバー製の前後フェンダーやドアなどを探し出す。

「エンジンは1970年のトゥール前にワークスが製作したパーツで組み直されましたが、この作業もポルシェ・アーカイブ部門の協力を得て実施したものです。また、ドイツでポルシェのレース用シートをコレクションしている方を見つけ出し、ラルースの車に装着されていたシートを手に入れることもできました。1127が大きなアクシデントに遇っていなかったことも幸運でした。何ヵ所か小さなサビはありましたが、ボディ自体のコンディションはとても良好です」

これだけ手間ひまかけてレストアされた911STだが、ガレージの奥深くに仕舞われた単なるコレクションとなる予定はない。1127がレーシングコースに復帰するのは、そう遠い将来ではないだろう。たとえば、リバイバル版のトゥール・ド・フランスにラルース自身のドライブで出場したとしても不思議ではない。しかも、モーフェットがフランス人ドライバーを説得するのは難しくないはず。この日、ラルースはレーシングスピードで走らせたものの、限界までは攻めていないと言明した。しかし、それが事実とはとても思えない。そのことは、彼が浮かべた満面の笑顔が、何よりも雄弁に物語っているようだった。


1970ポルシェ911ST
エンジン:空冷水平対向6気筒、2395cc、OHC、
ウェバー46IDAキャブレター×2基、リアマウント

最高出力:250bhp/7800rpm トランスミッション:5MT、後輪駆動
ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前):マクファーソンストラット、コイルスプリング、
ガス圧式テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):セミトレーリング・アーム、トーションバー、ガ
ス圧式テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ディスク 車重:780kg
性能:最高速度150mph、0-60mph加速5.0秒(推定)

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words Richard Heseltine Photography Remi Dargegen

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